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「お金があれば生きやすいのは事実。でも、お金と幸せは相関しない」石油一族の家に生まれた女性が、日本の若者に思うこと

石油一族・ノニーさんインタビュー #3

 母方の実家が石油関係の会社を経営している石油一族としてテレビで取り上げられたノニーさん。薬学部在学中に、自身のルーツであるアラビア文字をモチーフにしたジュエリー会社を立ち上げ、女子大生社長としても注目を浴びた。大学卒業後は、結婚を機に地方に移住し、自身の会社の経営やジュエリーのデザインを行なっているという。

 そんなノニーさんに、石油一族の暮らしぶりや、結婚・子育て法について話を聞いた。(全3回の3回目/最初から読む)

ノニーさん

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「この人だ!」2回目に会った時に逆プロポーズ

一ー現在は子育てをしながら会社経営をされているとのことですが、結婚を決めた理由は何でしょうか。

ノニー ビジネスの軌道が乗ってきた27歳くらいの時に、「30歳までには仕事の基盤を整えて、子育てをしたい」と思ったんです。ちょうどその頃に夫と出逢ったので、トントン拍子で結婚までいきました。私が結婚するにはこんな人がいいなと思っていた条件に、彼はすごく当てはまっていて。

一ーちなみにどんなことを求めていたのでしょうか。

ノニー 例えば食の趣味が合う人がいいなとか、タバコやお酒は飲まない人がいいなとか、そんな感じですね。

 初対面の時に「この人だ!」と思ったんですけど、その感覚は間違っていなかったですね。2回目に会った時には、逆プロポーズしていました(笑)。

 彼は、私の今までの人生を話していても、全く驚かなかったんです。私のバックグラウンドとかは良い意味でどうでもよくて、私という人間を魅力的だと思ってくれたみたいで。

 彼もドクターをしながら、世界中を旅していた自由な人なんですよね。私と似ている部分もあったし、お互いにビジネスをしている共通点もあったので、家族ともすぐに意気投合してみんな祝福してくれました。

子供が産まれてからは、息抜きや落ち着く時間を作るように

一ーなぜ地方に住むことになったのでしょうか。

ノニー 彼は当時、海外の大学院から帰ってきたタイミングでした。出会った時はお互いに東京に住んでいたんですけど、結婚するなら私は田舎に住みたいと思っていて、夫と話し合った結果、地方に移住することを決めました。私のビジネスは基本的にどこにいてもできますし、夫も地方の病院で働くことになったので、何も問題なかったです。

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