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「10年以上も同棲している女があるにもかかわらず、恋愛関係に入るとは一種の罪悪とは思わなかったか」

 尋問と供述は「四角関係」へ――。

裁判長 大杉に堀保子という内縁の妻のあったことを知っていたろうね。にもかかわらず、大杉と恋愛関係に入るについてどんな考えを持ったか

市子 私らは恋愛関係が深くなればなるだけ、堀保子さんに苦痛を与えるものだと思い、この点について保子さんに同情していました

裁判長 いや、堀保子という10年以上も同棲している女があるにもかかわらず、恋愛関係に入るとは一種の罪悪とは思わなかったか

市子 大杉の説くところの恋愛観は、私をしてなんら罪悪とは思わしめませんでした

裁判長 では、安心して恋愛関係に入ったのか

市子 さようでございます

 東日の記事はここで裁判長の態度をこう書く。

「裁判長はこの時、厳然として威儀を正し、『本件は、目下若い人たちの研究すべき問題として、社会の一部に少なからぬ影響を及ぼしている問題である。被告の答弁いかんによって、被告は同情を一身に担うか、また、いかなる程度まで堕落しているかが社会に問われるのである。被告はこの際、よほど慎重な態度で真面目に本職の尋問に答弁せよ』と注意を与えた」

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 市子は当時の心境を正直に語ったと思われる。しかし、注目を浴びている裁判で、不倫を犯すことに罪悪感がないとする供述が社会にどんな影響を与えるか。裁判長はそれを危惧して諭したのだろう。市子に念を押す。

初公判に立った神近市子(東京日日)

裁判長 やはり罪悪とは思わなかったのか

市子 もちろん、後では一種の罪悪と思いましたが、当時は安心していました

裁判長 大杉が野枝と関係があると知ったのはいつごろだ

市子 昨年の2月ごろ、大杉から聞いて初めて知り、当時大杉は不届きな人間だと非常に憤慨し、こうなる以上、もう大杉と離れなければならぬと考えました。しかし、大杉が野枝との関係をあくまで希望するのは、世の中の人に見せつけてやるという、一種の妙な虚栄からであって、真率ではないと思いました。しかし、かの辻潤という夫や子どものある野枝が大杉のもとに走ったことについては、世間ではよく言いますまいけれども、大杉としては得意かもしれません。2月4日に大杉に絶縁状を送りましたが、その後、また大杉から熱情ある自由恋愛の説を聞かされた結果、欺かれたとは知らず、また関係が復活しました。しかるに、その後大杉は宮島資夫の家に行き、私を虫けらに例え、無知にして理解なき女だとののしったそうで、非常に私は憤慨しました