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「プロ棋士になりたいから、仕事を辞めます」上司にそう告げた27歳男性の“勝算”とは

「プロ棋士になりたいから、仕事を辞めます」上司にそう告げた27歳男性の“勝算”とは

小山怜央さんインタビュー #3

2022/11/13
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 勉強の成果は、将棋倶楽部24のレーティングが100以上上がり、プロレベルと言われる3000を超えるというかたちで表れた。

 6月のアマ竜王戦全国大会は中止になったものの、小山さんは前年準優勝の成績が評価され、11月末に開幕する竜王戦6組に出場が決定。この時、竜王戦の出場は4回目になっていた。

 この竜王戦6組で小山さんは泉正樹八段、門倉啓太五段、出口若武四段(現六段)に勝利して準々決勝に進出する快進撃を果たした。

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「白星が増えたことで棋士編入試験の受験が現実的に考えられるようになりましたし、20代のうちにもっと強くなりたいという気持ちも強くなりました。でも、仕事をしながらではどうしても時間が足りません」

 

 小山さんは、上司とリコー将棋部の先輩に「プロ棋士になりたいから」と正直に退職の意思を伝えた。27歳の時だった。いつまでも無職ではいられないから、30歳までに編入試験を受けると目標を決めた。働いた貯金から30万円のデスクトップパソコンも購入。

「強くなるための先行投資。AI研究を始めました。それで強くなっているかどうかは分かりづらいけれど、研究会などで指している人に将棋が変わったと言われます」

ついに編入試験資格にリーチをかけた

 退職を伝えた2021年の2月、日本将棋連盟は女流棋士、奨励会員、アマチュアがプロ公式棋戦で優秀な成績を収めた場合の対応を改定。竜王戦6組で優勝すると、アマは棋士編入試験受験資格が得られ、奨励会三段は三段リーグ次点1を獲得できることになった。

 竜王戦6組準々決勝の組み合わせは、西山朋佳女流三冠兼奨励会三段。いつものプロアマ戦と違い、すでに奨励会の次点1を持っている西山奨励会三段を応援する空気が強かったのは小山さんも感じていたという。小山さんが勝利し、アマの最高成績である準決勝に進出した。

「準決勝の長谷部先生との対局では、あと2勝で棋士編入試験資格ということは意識していました。ただ、自分のその時の実力を考えると、ここまで勝ち上がったのがうまくいきすぎだとも。長谷部戦は大差で負けてしまいました」

 その敗戦の時点では、次のプロ棋戦出場権は持っていなかった。コロナでの大会中止が長引いていたからだ。小山さんの前にアマとして棋士編入試験を受験した折田翔吾五段は、アマ王将準優勝で出場権を獲得した銀河戦で棋士編入試験資格に必要な白星をすべて稼いでいる。そのアマ王将が中止となり、銀河戦に出るチャンスすらない。

「持ち時間が短い銀河戦は、アマにとって勝ち星を稼ぎやすいのは意識していました。他にもプロ棋戦につながる大会の中止が続き、多少の焦りはありました。ただ、会社を辞めて将棋に専念したので、ここで強くなっておけばまたチャンスは来ると楽観的に考えていました」