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「中国が脅威になることはない」知の巨人エマニュエル・トッドが語った「世界の正しい見方」

『我々はどこから来て、今どこにいるのか?』 #1

source : 文春新書

genre : ニュース, 社会, 政治, 国際

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「経済構造」と「家族構造」の一致

 GDPのこうした欠点を踏まえた上で、現下の経済的グローバリゼーションにおける「相互作用」に話を戻しましょう。

 まず経済のグローバリゼーションが進むなかで、「生産よりも消費する国=貿易赤字の国」と「消費よりも生産する国=貿易黒字の国」への分岐がますます進んでいることが確認できます。

 その地理的分布を見ると、ロシア、中国、インドという米国が恐れている三国がユーラシア大陸の中心部に存在しています。ロシアは「軍事的な脅威」として、中国は「経済的な脅威」として、インドは「米国になかなか従わない大国」として、それぞれ米国にとって無視できない存在なのです。

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 ここで重要なのは、この三国がともに、「産業大国」であり続けていることです。ロシアは、天然ガス、安価で高性能な兵器、原発、農産物を、中国は工業完成品(最終生産物)を、インドは医薬品とソフトウェアを世界市場に供給しています。

輸出大国・輸入大国の違い

 それに対して、米国、イギリス、フランスは、財の輸入大国として、グローバリゼーションのなかで、自国の産業基盤を失ってしまいました。

 この両者の違いを人類学的に見てみましょう。

「生産よりも消費する国=貿易赤字の国」は、伝統的に、個人主義的で、核家族社会で、より双系的で(夫側の親と妻側の親を同等にみなす)、女性のステータスが比較的高いという特徴が見られます。

「消費よりも生産する国=貿易黒字の国」は、全体として、権威主義的で、直系家族または共同体家族で、より父系的で、女性のステータスが比較的低いという特徴が見られます。

 要するに「経済構造」と「家族構造」が驚くほど一致しているのです。それは地図B(各国の全雇用に占める第二次産業の割合)と地図C(家族構造における父権性の強度)を見れば、一目瞭然です。 

 
ネイサン・ナン作成の図を著者が一部修正

「家族構造」の視点から全人類史を捉え直したのが本書ですが、このアプローチは、近年のグローバリゼーションによって何が生じているかをも理解させてくれます。

 まず父系的社会は、第二次産業に強く、モノづくりは男性原理と親和性があるといえそうです。

 これに対して、女性のステータスが比較的高い双系的社会は、第三次産業と親和性をもっています。女性の解放によって女性の社会進出が進んだわけですが、その過程で増えたのは第二次産業よりも第三次産業の雇用で、結果的に社会全体の第三次産業化が進み、自国の産業基盤は衰退してしまいました。

 現在の世界のかたちがどうなっているか。それぞれの家族構造にしたがって、一方は「消費」に特化し、他方は「生産」に特化するというかたちで2つの陣営に分かれています。しかもグローバリゼーションのなかで、2つの陣営が極度に相互依存関係にある。これがわれわれが生きている世界の構造であり、いま始まっている戦争も、こうした文脈で起きていることが、最も重要なポイントです。

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