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「中国が脅威になることはない」知の巨人エマニュエル・トッドが語った「世界の正しい見方」

『我々はどこから来て、今どこにいるのか?』 #1

source : 文春新書

genre : ニュース, 社会, 政治, 国際

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奇妙な戦争

 この戦争は「奇妙な戦争」です。対立する2つの陣営が、経済的には極度に相互依存しているからです。ヨーロッパはロシアの天然ガスなしには生きていけません。米国は中国製品なしには生きていけません。それぞれの陣営は、新しい戦い方をいちいち「発明」する必要に迫られています。互いに相手を完全には破壊することなしに戦争を続ける必要があるからです。

 なぜこの戦争が起きたのか。軍事支援を通じてNATOの事実上の加盟国にして、ウクライナをロシアとの戦争に仕向けた米英にこそ、直接的な原因と責任があると私は考えます(詳しくは『第三次世界大戦はもう始まっている』をご参照ください)。しかし、より大きく捉えれば、2つの陣営の相互の無理解こそが、真の原因であり、その無理解が戦争を長期化させています。

 現在、強力なイデオロギー的言説が飛び交っています。西洋諸国は、全体主義的で反民主主義的だとしてロシアと中国を非難しています。他方、ロシアと中国は、同性婚の容認も含めて道徳的に退廃しているとして西洋諸国を非難しています。こうしたイデオロギー(意識)次元の対立が双方の陣営を戦争や衝突へと駆り立てているように見え、実際、メディアではそのように報じられています。

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 しかし、私が見るところ、戦争の真の原因は、紛争当事者の意識(イデオロギー)よりも深い無意識の次元に存在しています。家族構造(無意識)から見れば、「双系制(核家族)社会」と「父系制(共同体家族)社会」が対立しているわけです。戦争の当事者自身が戦争の真の動機を理解していないからこそ、極めて危うい状況にあると言えます。

「ツキディデスの罠」ではない

 事実上、米国とロシアが戦っている以上、「第三次世界大戦」がすでに始まったと私は見ていますが、今次の世界大戦は、第一次大戦や第二次大戦とは性質を異にしています。

 この点を明確にするために、古代ギリシアの歴史家ツキディデス(紀元前460年頃
〜紀元前400年頃)を援用して米中対立を論じた米国の国際政治学者グレアム・アリソンの著書『米中戦争前夜──新旧大国を衝突させる歴史の法則と回避のシナリオ』(藤原朝子訳、ダイヤモンド社、2017年)を取り上げてみましょう。

 ツキディデスは、新興国アテネに対してその他のポリス国家が恐怖心を抱いたことでペロポネソス戦争が起きたと『歴史』に記しました。このことにちなんで、「新興勢力の擡頭を既存勢力が不安視することで戦争が起こる現象」を「ツキディデスの罠」と呼ぶようになりました。この「ツキディデスの罠」を米中関係に当て嵌めて、「数十年以内に米中戦争が起こる可能性は、ただ『ある』というだけでなく、現在考えられているよりも非常に高い」と主張しているのが、アリソンの著書です。急速に擡頭する中国が米国に恐怖を与えている以上、戦争は避けられなくなる、と。

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