母親は父親の死後、1~2年ほどで教師をしている男性と婚約。だが、男女問わず生徒たちに慕われていた男性にヤキモチを焼いた母親は、耐えきれず婚約を破棄してしまう。その約1年後、29歳になった母親は、建設業に従事する10歳年上の男性と再婚。三宅さんの6歳下に妹、8歳下に弟をもうけた。
母親の異常性
再婚当初、三宅さんのことを可愛がっていた養父は、妹が生まれた途端に豹変した。全く理由もなく、自分がはいていたトランクスをいきなり三宅さんの顔にこすりつけてきたり、眠っている三宅さんを突然殴ってきたり、子どもには到底食べられない量の食事を与え、食べ終わるまで家族の団らんに入れないなどの虐待をするようになった。きっかけはないに等しく、ほとんど養父の機嫌次第。教育というより鬱憤晴らしのようだった。
一方、母親はそれを止めないばかりか、自らも傍若無人に振る舞い、およそ母親らしからぬ言動をして三宅さんを困惑させていた。
「母は気が狂ったフリや認知症になったフリを頻繁にしていました。例えば、私が何か気に入らないことをすると、舌を半分出して焦点の合わない目をして呆けたような顔を作り、ろれつの回らない話し方をしてみたり、子どもがえりをしたかのように、わざとマヨネーズを哺乳瓶のように咥えて直にすすってみたり、霊に乗り移られたフリをして、部屋いっぱいに『呪』と書いた紙を貼り付けたり……。おそらくこれを聞いた人は信じられないだろうし、笑ってしまいそうな行動ですが、本当に母はこれらを正気のままやっていました」
果たして正気だろうか。こうしたことを30代の大人が子ども相手に大真面目にやっている光景を想像すると、絶句してしまうほどの異常性を感じる。
「母と養父の性行為のようなものに参加させられたこともあります。養父と一緒に母の母乳を吸うよう母に命じられました。養父は鼻血を流しながらニタニタ笑って私を見ていました」
正気の沙汰ではない。自ら命じる母親はもとより、止めない養父も養父だ。しかも母親は中学の音楽教師。まさに“家庭という密室”では、第三者には想像し得ないことが起こっている。
「幼い頃は、母のおかしなフリが始まる度に本気で心配していましたが、さすがに小学校高学年にもなるとフリだと気付いていました。フリをする母には言葉が全く通じず、ニンゲンではない何かを相手に対話しなければならないようなもどかしさ、これが自分の親だと思うと、行き場のない悔しさがあり、やりきれない思いでいっぱいでした。もともと母がフリをし始めるのは気に入らないことがあった後なので、付き合わないとどんどんフリが長引き、もっと嫌な思いをさせられることがわかっていました。だから付き合うしかなかったのです」