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「ラスト21分」実際の時間は……

 映画で描かれるライヴ・エイドのシーンは、じっさいには13分30秒しかない。確かに、ライヴ・エイドの演奏開始からエンディングで流れる2曲までを含めれば20分弱にはなるが、現実にクイーンの行ったステージ上のパフォーマンスが20分弱である以上、それを「完璧に再現」したと言うからには、劇中の対応するシーンの長さを揃えるのが筋だろう。

実際は21分だった「ライヴ・エイド」パフォーマンス ©Getty Images

 ただし、筆者はこの嘘を批判したいわけではない。むしろ肯定的に評価したいのだ。7分以上も鯖を読んでいながら、そのことを指摘するレヴューがほとんど見当たらないのは、映画が成功している何よりの証である(もっとも、劇場にストップウォッチを持ち込んで時間を計りだすのはへそ曲がりな批評家くらいのものだろうが)。ほとんどの観客は、13分30秒の映像を21分のライヴ・パフォーマンスの再現として違和感なく受け入れている。つまり、21分というのは、物理的時間としては嘘でも、観客の生理的時間としては正しいのである。

 それでは、なぜこのような錯覚を与えることが可能になるのだろうか。その鍵を握るのが、再現シーンがついている2つ目の「嘘」である。

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再現シーンに費やされているショットは実際の3倍

『ボヘミアン・ラプソディ』の再現シーンと、じっさいに行われたライヴ・エイドの記録映像の二つ目の違いは、そこで費やされているショットの数である。記録映像(YouTubeでも視聴できる)が21分を175のショットで構成しているのに対して、再現シーンは13分30秒を約360のショットに割っている。使われているショット数に倍以上の違いがあるのだ。しかも、時間としては映画のライヴ・シーンの方が短い。そこで、両者を同じ条件で比較するために、ショットの平均持続時間(ASL=Average Shot Length)を求めてみることにしよう。

 すると、記録映像のASLが7.2秒であるのに対して、再現シーンのASLは2.3秒であることがわかる。ひとつひとつのショットにかけられている時間には平均して3倍以上の開きがあることになる。映画の再現シーンは、“スーパーソニック”な編集をクイーンの音楽と結びつけることで映画のグルーヴを増幅させ、観客に時間的な短さを感じさせないようにしていたのである。

 もちろん、単に短いショットを畳み掛ければ即座に観客に高揚感をもたらすことができるわけではない。それほど単純な話なら、あらゆる映画のASLはもっと短くなっているはずだ。ライヴ・エイドの再現シーンがすぐれているのは、そこに組み入れるショットの選択が絶妙だからである。このシーンには、じっさいのライヴでは撮影できないようなショットが大量に紛れ込んでいる。