1月20日、拍手の数より「You're fired ! =オマエはクビだ!」「shame on you!=恥を知れ!」コールのほうが多いなか、ドナルド・トランプ第45代大統領が誕生した。もう世界は後戻りできない。トランプワールドの始まりである。
このトランプワールドを解読する最も重要なキーワードが「フェイクニュース」(fake news)だ。「フェイクニュース」は「偽ニュース」と訳されているが、平たい日本語で言えば「デマ」である。ではなぜ、デマではなく、偽ニュースと言うのだろうか? それは、偽ニュースの主な発信源がネットメディアだからだ。
新聞やテレビなどの伝統的マスメディアがニュースを独占していた時代は、完全に過去のものだ。いまは、ネットによって、誰もがニュースの受け手と送り手に同時になれる。ネットのなかはどこもかしこもメディア状態で、中には、いかにも報道サイトのように見せかけている「偽ニュースサイト」がある。主にここから発信されるのが偽ニュースなのである。
マケドニアの10代の若者たちが偽ニュースを発信
今回の大統領選では、じつにさまざまな偽ニュースが発信された。「ローマ法王がトランプを支持!」「トム・ハンクスがトランプ支援に転向した」「ヒラリー・クリントンはレズビアンで、闇のペドフィリア(小児性愛)・ネットワークの元締めだ」などである。そして、そのほとんどがトランプに有利なものだった。
私がもっとも驚いたのは、トランプ派の偽ニュースが、欧州の小国マケドニアのある小さな町で大量につくられていたということである。この町の10代の若者たちが、広告収入欲しさに140以上の英語による偽ニュースサイトをつくり、日々、偽ニュースを発信していたのだ。しかも、これらのサイトは、バーニー・サンダーズ派やヒラリー・クリントン派のサイトよりも、はるかに多くのPVを稼いでいたという。
もはや、なにを信じていいかわからない、毎日が「エイプリル・フール」になってしまったのだ。
ネットの世界は「論理より感情」
ツイッターでの“砲弾”(トランプ砲)の発射が大好きなトランプにとって、この状況はじつに心地のよいものだった。自分にとって不利なニュースは、すべて偽ニュースと決めつけてしまえばいいからだ。
ネットの世界は、論理より感情だ。言ったもの勝ちである。1月11日のトランプタワーでの会見で、トランプは、こう言い放った。「You’re fake news! =オマエのとこは偽ニュースだろうが!」
こう言われたのは、CNNのジム・アコスタ記者。じつは私は、この場面を見ながら、正直羨ましいと思った。日本の首相会見では、こんなことは150%、200%起らないからだ。日本の首相会見は”ヤラセ”と言っても過言ではなく、多くの場合、質問者は決められ、その質問は事前に官邸に渡されている。さすがアメリカ、「ランド・オブ・フリーダム」(自由の国)ではないか。
まあ、トランプがオカンムリになるのも、わからなくはない。CNNが報道したのは、トランプがロシアに弱みを握られているのではないか(モスクワの夜の出来事:売春婦との行為)という疑惑だったからだ。
しかし、トランプにそう言われてみれば、マスメディアだって前科の山がある。かつてCNNは湾岸戦争のとき、スタジオから放送しているのにバグダッドからのLIVEだと偽ったし、ニューヨークタイムズは、黒人記者による捏造記事を掲載し、この記者をクビにしたことがある。
日本の朝日新聞も、「サンゴ礁落書き」「従軍慰安婦」などの実績を誇っている。従軍慰安婦の記事は「世界偽ニュース・コンテスト」に出品したいくらいだ。
いったい真実はどこに行ってしまったのだろうか? 世界最大の英語辞典である「オックスフォード英語辞典」は、2016年の「ワード・オブ・ザ・イヤー」に、「ポストトゥルース」(post-truth)を選んだ。ポストトゥルースとは、直訳すれば「真実以後」。「客観的な事実が重視されず、感情的な訴えが政治的に影響を与える状況」を言うのだそうだ。ハッキリ言うと、偽ニュースによって政治が動くことだ。
英国がEU離脱を決めた「ブレグジット」(Brexit)は、まさにその典型。ポストトゥルースの世界への突入事件だった。
「低度情報化社会」ではPV数が正義である
実は、世界がこうなることは、ネットが普及した10年ほど前に予見できたことである。当時、私は出版社で編集長をしていたが、「インターネットによって高度情報化社会が訪れる」と世界中が言っているので、『低度情報化社会』(コモエスタ坂本・著、光文社ペーパーバックス、2006)という本を出した。ネットにはゴミ情報が多すぎ、人々は日々それに接してバカになるだけだという話である。本当のことを書きすぎたため、まったく売れなかった。
その後、ツイッターやフェイスブックなどのSNS世界がやってきたが、低度情報化社会は拡大の一途をたどった。誰でも情報発信が手軽にできるというツイッターは「バカ発見器」となった。
高度情報化社会では、「集合知」──多くの人が参加していくことで、新しい価値創造が起こる──ということが言われた。しかし、参加者がバカだけだと、生まれるのは「集合愚」だ。ネットで唯一正しいのはPV数であり、PV数がすべてだ。偽だろうと真実だろうと、PVが多ければ勝ちだ。
こうして行き着いたのが、毎日がエイプリル・フールというポストトゥルースの世界、別名「トランプワールド」である。人は見たいものを見、信じたいものしか信じない。いみじくもマケドニアの偽ニュースサイトを運営していた若者はNBCニュースにこう語った。
「相手が何を欲しがっているかを察知して、ただそれを与えればいいんだ。相手が水をほしがっていれば水を出すし、ワインがいいならワインを出す。単純なことだよ」
こうした世界での勝者は言うまでもなくトランプだ。大統領になってもトランプのツイッターは続いている。トランプ砲は鳴り止まない。
最近、これではまずいと「ファクトチェック」(fact-check=事実確認)のサイトが林立するようになった。グーグルもフェイスブックもファクトチェックに乗り出し、「偽ニュース通報ボタン」も導入された。しかし、「低度情報化社会」では、真実に偽ニュースボタンを付けるユーザーのほうが多いだろうということも容易に想像できるのである。