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●早朝の南禅寺は普段と別の顔が

 美術館を出るともうそこは琵琶湖疏水沿いに遊歩道が走る美しい仁王門通。疏水の向こうには京都市動物園が見え、水の音、遊園地の牧歌的な景色とともに春は桜、秋は鮮やかな紅葉が頭の上を彩り最高の散歩道だ。

近隣には琵琶湖疏水にまつわる見所がたくさんある。

「ここ歩くのはとても楽しいです。向こう岸の動物園をなんとなく見ると、ん? あれはキリンの頭だぞ、なんてことも(笑)」

 疏水記念館の噴水をぐるりとまわり、参道で気分もあがりつつ南禅寺の大きな門に到着。

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「有名なお寺ですから普段は人が多いんですが、早朝はとても静かです。誰もいない境内の奥の方からふっと読経がきこえてきたり、時には掛け軸を出し入れしている珍しい光景を目にしたり。ゆっくり静けさを味わえるのは京都に住む特権ですね」

観光客の絶えない名刹・南禅寺。早起きすれば三文(山門?)のトクに恵まれるかも。

●美しいしつらえの庭、家屋、カフェを堪能できる「猫道」

 境内の空気を味わいながら野村美術館の方に抜け、観光客にも知られる永観堂へ……と思いきや、吉永さんは細い疏水沿いの小道に入ってゆく。

猫道にはほんもののネコも出没との情報もあり。

「お気に入りの『猫道』の1つなんです。猫が通るという意味ではなく、私が猫の立場(笑)。なるべく誰もいない方へひっそりと……」

 水の流れに沿った岸の細いスペースを歩くと、立ち並ぶ家家の生活の気配が感じられ、かやぶき屋根の立派な門、美しい椿の生垣などが続く南禅寺別荘群。

「水の音が好きなんですよね。ここは特に立派なお宅が多いので、職人さんたちが家や庭をよく手入れしていて、『この間から作業が進んだな』なんて確認するのも楽しいんです。京都の人ってやはり、自宅のお庭とか、お店も、構えないのにちゃんと美しくしつらえているから、ありがたい……」

 別世界のようだった小道を抜け、再び二条通へ。行き先に有名観光地が表示されたバスが行き交う。どこからともなく、ただならぬ魅力の甘い匂いが漂ってくるのは……。

「お茶にしましょう、お菓子がおいしいし素敵なお店なんです」

「菓子・茶房チェカ」の扉を開けると、美しくおいしそうなお菓子がショーケースにずらりと並ぶ。プリンやケーキをそれぞれに選び2階へあがると、すっきりと落ち着く空間が現れる。大きな窓の外は、道を挟んで動物園。大学生のカップルが窓際でまったりと話し込んでいる。丁寧に淹れられたお茶をいただき、落ち着いた幸せな平日の時間をしっかりと手に入れた気分になった。

菓子・茶房チェカでひと休み。石の小物入れに心も和らぐ。

●京暮らしは「紅雲町のお草さん」にも影響するかも?

「京都に来て以来、自宅を起点に、東西南北、毎日ものすごく歩いています。虚弱体質の私が健康になりつつあります。『紅雲町珈琲屋こよみ』の主人公は70歳を過ぎたおばあさんなのですが、もしかしたら今後もっと元気に動き回るようになるかもしれません(笑)」

 店を出るとそろそろ夕方の気配がたちこめている。法勝寺町バス停からバスに乗り、三条大橋方面へ向かった。新しくできたハイセンスのファッションビルや、適度ににぎわう錦市場、点在するアンティークショップ、そして御池通り沿いの、地元で大人気の居酒屋を最終地点にした街中散策は、また別の「さすが京都」の楽しさに満ちていたが、それはまた別の機会に。

市民も観光客もやさしく抱く京のオアシス、鴨川。

まひるまの星 紅雲町珈琲屋こよみ

吉永 南央(著)

文藝春秋
2017年1月16日 発売

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