ネットで知り合った交際相手に別れ話を切り出したとたんに男は豹変した。執拗なメール、脅迫的な行為、2ちゃんねるへ誹謗中傷の書き込み……。これは文筆家の内澤旬子氏が自らの体験を「週刊文春」に生々しく描き反響を呼んだ、恐怖のリアルドキュメントだ。連載をまとめた『ストーカーとの七〇〇日戦争』(文藝春秋)が5月24日に発売されるにあたり、第1回を公開。

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 やっぱり警察に相談しておこうか。ただの痴話喧嘩でしょ、と冷笑されてどうせ相手にしてくれないのだろうけど。

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 事件は、ごく普通の、ありふれた話からはじまる。交際していた男と別れようとした。それだけだ。ただちょっとだけ、先を急いでしまった。私は嫌だとなったら急に手のひらを返したようになってしまい、話をするのも厭(いと)わしくなる性分なので。まさかそれが大惨事を招くことになるとは、当時は思いもしなかった。

 2016年4月初旬。家に遊びにきたいという交際相手Aの要求を、忙しいからと拒否したところ、電話が鳴りやまなくなった。

 私は2014年に東京から小豆島に移住した。たまに東京の出版社との打ち合わせに出る以外は、小豆島の海が見える家で、まっ白いヤギ、カヨと暮らしている。カヨが出産したため、息子のタメという真っ黒い子ヤギも加わったばかり。ヤギの世話の合間に東京の出版社に原稿やイラストを送り、狩猟免許を取得し、小豆島の猪や鹿などの獣害について取材していた。都内の高額家賃から解放され、瀬戸内海の鮮やかな青い海を毎日眺めながら、広い家で仕事をする。ヤギの世話や家の手入れなどが忙しく、のんびりというわけにはいかなかったが、楽しく山海を駆けまわっていた。その日は島からフェリーに乗って1時間、対岸の街、高松の銃砲店に来ていた。

※写真はイメージです ©iStock.com

電話の呼出音が止まらない

 Aとはインターネットを通じて知り合い、8カ月ほど交際していた。彼は香川県下に居住していて、私が高松に行くときに会うことが多かった。

 打ち合わせ中だから後にしてくれと何度メッセージを出しても、まったく聞かない。とにかく声が聴きたい、とにかく声をと、メッセージをよこし、電話を掛け続けてきた。

 この男、交際を始めてからというもの、私の言うことを絶対に聞き容れようとしなかった。

「お前はなんでも自分が正しいと思っている」というのが口癖。激しい口論になるのが面倒で、相手の言い分を仕方なく通すことも多くなり、沈黙してしまうことも増えた。すっかり嫌気がさして、どうやって距離をとって別れにもっていくかを考えていた時期ではあった。

 しかしこれまで、私の仕事や日常に支障をきたすほどのことをしてきたことは、さすがになかった。結局用事を終えた私が根負けして電話に出るまで、電話の呼び出し音は(途中からマナーモードにしていたが)3時間ほど全く止まらなかった。

 そもそも仕事がうまくいかないだとか、鬱病の診断を受けたとかで、2月の1カ月間はAからの連絡もほとんどない状態。このままこれで自然消滅すると思っていたら、3月に入ってから元気を盛り返し、誘われて何度か会った。するとAは急に前向きになって小豆島で音楽フェスをやりたいと言い出した。資金も人間力もないまま、しかも鬱病だと自称する男が、どうやって音楽祭のプロモートなどという交渉力が大いに問われる仕事ができるのか。地元住民や役場との交渉、ボランティアスタッフ集めや資金集めをあてにされるのは目に見えている。巻き込まれたくない。やるなら高松でやれば。もうこの男を島に呼ぶのはやめよう。そう決めた矢先に、急に家に来たいと言ってきたのだ。彼なりに何かを察知したのだろうか。