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「アイデンティティはパラレルに存在する」死の淵を体験した彫刻家が表現したかったもの

アートな土曜日

2019/05/04

 目には見えないけれど、この空間はたしかに何らかの気配に満ちている――。そこにしかない特別な空気に触れられる展示が、東京・東品川のギャラリーANOMALYでの「小谷元彦個展 Tulpa - Here is me」だ。

小谷元彦「Tulpa – Here is me」展 会場風景

「存在」や「身体」の不思議を感じる

 アーティスト小谷元彦は、東京藝術大学で彫刻を学んだあと創作の道に入り、立体作品はもちろんのこと写真や映像も多数発表してきた。畢竟、作品は「いかにも彫刻」「いかにもアート」といった枠組みを超えて、人が初めて目にするようなビジュアルばかりとなる。

 今展で小谷が用意したのは、新作の彫刻作品群。会場のあちらこちらにさまざまなポーズをとった人体像が置かれ、その一つひとつが異様な圧力を伴って観る者に迫ってくる。

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 これらのモチーフになっているのはアーティスト本人の姿である。ただし、それぞれの頭部は独自に変形している。ツノが生えていたり、花弁のようなものが輪郭を覆っていたり、無数の六角柱がニョキニョキと突き出ていたりと、まことに多彩。自己がさまざまな動植物と融合したかたちをとっているわけだ。

小谷元彦「Tulpa – Here is me」展 会場風景

 自分で完全に所有しているものと思い込んでいるこの身体は、じつはそうでもない。気を許せばいつでも他者に混ざり合ったり、乗っ取られたりということが起こり得るのだということを示唆しているのか。または、自分という存在はつねにかたちを変えつつ、生とか死などといった状態をも超えてあり続けるのだから、どんな姿にだってなり得るということなのか。いずれにしても、自分という存在と身体の不思議にじっと思いを馳せたくなる。