「世話になってるし、ちょっとは付き合ってやるか」
その様子を文春オンラインの「奇跡のローカル線『ひたちなか海浜鉄道』社長が語る『猫の相棒』と『延伸計画の勝算』」でも紹介した。
取材日は2018年12月13日。晴れていたけれど、風が冷たい日だった。おさむは寝床で眠っていた。ご老体だし、仕方ないな、と思っていたら、吉田社長が抱き上げ、プラットホームに降ろしてご機嫌を取ってくださった。
おさむは「しょうがねぇな、でも世話になってるし、ちょっとは付き合ってやるか」とでも言いたげに、嫌々ながら遊びだした。ところが撮影終了後も駅事務室に戻ろうとしない。もっと遊びたくなったらしい。体調を心配した吉田社長が、なんとかおさむを誘導して寝床に戻した。
それが私たち取材チームとおさむとの、最初で最後の取材となった。そういえば、おさむには「ノーギャラ」だったな。高齢で食事を制限されていると聞いていたから、あのときはオヤツなどは持って行かなかった。
祭壇の下を黒い影が通り過ぎた気がした
訃報を聞いた人からお花やお供え物が届き始めた。そこで急遽、那珂湊駅に祭壇が設置された。そこはおさむと妹分の「ミニさむ」の餌とご飯がある場所の隣だ。おさむ。無理させちゃってごめんね。でも、そのおかげで、いままで君やひたちなか海浜鉄道を知らなかった人々に紹介できたよ。どうもありがとう。祭壇に、お花と、土佐直送のかつお節のおやつ、ペットショップで人気だといわれたチューブ入りの餌を供えた。
祭壇を撮影していたら、涙雨の空に青空がチラリ。そして祭壇の下を黒い影が通り過ぎた気がした。まさかと思ったら黒い布きれ。でも、風で揺れそうにはない所だ……。
ところで、前回の取材で忘れていた質問があった。あらためて吉田社長に聞いた。
「なぜ、おさむを駅長にしなかったんですか」
「肩書についてきそうな激務のプレッシャーを心配していました。ネコらしく、自由にしていてくれれば、ということで」
自由に生きて愛される。人間には難しい。おさむ、幸せな生涯だったね。
写真=杉山秀樹/文藝春秋
※「ひたちなか海浜鉄道」の旅の模様は、『文藝春秋』3月号のカラー連載「乗り鉄うまい旅」でも、計5ページにわたって掲載しています。