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Suchmosとホンダが証明したCMタイアップの底力

懐メロだらけのCM界に風穴を開けた「STAY TUNE」の快挙について

2017/02/10
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「これはすごいことになってるな」と気づいたのは、年明けのiTunesソングチャートを見た時だった。例年その時期は紅白歌合戦をはじめとする年末の音楽番組で披露された「2016年を代表する曲」がヒットチャートの上位を占めるものなのだが、そんな慣習とはまったく無縁のSuchmosの「STAY TUNE」が昨年の秋からジワジワとチャートを上がって、遂には2位(1月9日、10日)にランクしていたのだ。

 その時点の1位は星野源「恋」で3位はRADWIMPS「前前前世」だといえば、それがどれだけの快挙かおわかりいただけるだろう。ちなみに「STAY TUNE」はSuchmosのセカンドEP『LOVE&VICE』に収録されていた曲。CDがリリースされたのは2016年1月27日だから、そこから約1年かけて「恋」や「前前前世」といった「2016年を代表する曲」に肩を並べたわけである。

メンバーは全員20代の6人編成 (C)Takayuki Okada

 ヒットの理由だけなら、「あー、あのホンダのCMの曲ね」と誰もが指摘できるだろう。「STAY TUNE」が使用されているホンダ・ヴェゼルのテレビCMのオンエアが始まったのは昨年9月だが、年末から正月にかけて集中的にオンエアされたことで、楽曲の認知が一気に広がっていった。資生堂やカネボウの季節ごとのCMソングが『ザ・ベストテン』や『夜のヒットスタジオ』などの歌番組を賑わせていた80年代や、B’zやZARDといったビーイング系のアーティストがカメリア・ダイアモンドやポカリスエットのCMタイアップで次々にヒットしていた90年代ならいざ知らず、2017年においてもまだCMのタイアップが有効であることをSuchmosとホンダは証明してみせた。

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CM制作現場では大ヒットの話題で持ちきり

 最近は暗い話題の多い広告業界だが、テレビCMの制作にたずさわっている知人に何人かリサーチしてみたところ、実際ここ数週間、制作現場では「STAY TUNE」大ヒットの話題で持ちきりだったという。ちなみに肝心の商品へのCM効果という点でも、ホンダ・ヴェゼルは販売開始から既に3年が経っているにもかかわらず、前年比を上回る売上を記録し続けている。何よりもテレビCMを作っている当事者たちが、タイアップ・ソングがハマった時のポテンシャルに驚かされている状況のようだ。

 確かに。ここ10年くらい、特にクルマのCMでは「若者の車離れ」という世間の風評に流されるように「今、流行ってる音楽」の起用が極端に減っていた。テレビから流れてくるのは「いつの時代だよ!」と言いたくなる古い洋楽曲や、山下達郎、大瀧詠一、スピッツ、Dreams Come Trueらの曲を40代以上の購買層向けに確信犯的に使用しているスバルのテレビCMに代表される、Jポップ懐メロばかり。近年、海外のメーカーであるフォルクスワーゲンがサザンオールスターズ、久保田利伸、氷室京介らをCMで起用したのには驚かされたが、懐メロではなく新曲を使用してはいたものの、やはり世代的なターゲットは明確だった。そんな中、トヨタだけはSEKAI NO OWARIやゲスの極み乙女。の曲を使ったCMを、バンドのメンバーも出演させてオンエアしていたが、いかんせん彼らの支持層の中心は10代。マーケティング的に成功するわけがなかった。

他の企業とは志が違うホンダの選曲

 ヴェゼルのSuchmos「STAY TUNE」のほかに現在ホンダがCMで使用している曲といえば、フィットのマーク・ロンソン&ブルーノ・マーズ「Uptown Funk」やフリードのファレル「Happy」。いずれも2、3年前の洋楽ヒット曲ではあるが、「いつの時代だよ!」と言いたくなるほど古くはない。それに使用料もかなり高そう。そういえば、以前フリードでは、一般的にほとんど無名のショーン・レノン(ジョン・レノンの息子)をCMキャラクターに使っていたし、ホンダはもともと日本のクルマのメーカーの中ではわりと音楽文化そのものに敏感な印象がある。誰もが知ってるような懐メロ曲を(使用料をおさえるために)誰かにカバーさせたり、もっとひどい時は「それっぽい曲を」とCM音楽家にムチャぶり(よくあります)する企業とは音楽に対しての志が違う。

 制作サイドがどんなに音楽に対して尖ったセンスで使用曲の候補を出したとしても、クライアントのお偉いさんの鶴の一声で却下されてしまうのがCMの世界。CM制作の現場にいる知人に「どうして今回、一般的にはほとんど知られてなかったSuchmosの曲が使用されたんだと思う?」と訊いてみたところ、「プレゼンではいろんな候補曲が出たりもするけど、最近はクライアントが知らないような曲はまず通らない。Suchmosを出した制作サイドもチャレンジングだけど、ホンダにはそういうものにOKを出す人がいるんだよね」とのこと。ただ流行ってるものにOKを出すのと、流行りそうなものにOKを出すのは、近いようで雲泥の差がある。そして、流行りそうなものが本当に流行った時、テレビCMは商品とアーティストに絶大な効果をもたらすのだ。

 音楽ジャーナリストという肩書きを名乗っていると、たまに「初めて買ったレコードは?」と訊かれることがある。「小学生の時に買ったマッドネスかな」と自分が言うと、若者に「へぇ! 小学生でマッドネス! 渋いっすね! さすが!」などと驚かれたりするが(ちなみにマッドネスはスペシャルズと並んで70年代後半〜80年代の英国を代表するスカ・バンド)、感心されたままにしておきたいので当時マッドネスがホンダ・シティのCM用に「ホンダホンダホンダホンダ」と替え歌にしてみせた「In The City」って曲がメチャクチャ流行ったんだよ、ってことは言わないでいる。あと、ホンダの往年のCMソングといえば、1983年の3代目シビック(通称ワンダー・シビック)で使用されたルイ・アームストロングの「What a Wonderful World」も忘れられない。実は、Suchmosはそのルイ・アームストロングのあだ名であるサッチモから名前をとったバンドである。広告代理店の人もホンダの人も気づいてないかもしれないけれど、もしかしたら、そんな見えない線が「STAY TUNE」を奇跡の大ヒットに導いたのかもしれない。

「STAY TUNE」が収録されている2ndアルバム『THE KIDS』
Suchmosとホンダが証明したCMタイアップの底力

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