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「小指の靭帯がなくても野球はできる」――竜の主将、高橋周平の強い気持ちが奇跡を起こす

文春野球コラム ペナントレース2019

2019/09/14
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「勝ちたい」

 今年1年、主将としてチームを牽引してきた高橋周平は、ことあるごとに口にしてきた。

 奇跡のCS進出か、7年連続Bクラスに沈むのか――。ドラゴンズは、今まさに崖っぷちの戦いを強いられている。もう片足どころか両足が滑り落ちてしまったのかもしれない。苦手のマツダでの広島戦は1勝2敗と押し切られ、ホームに戻っての阪神戦は、この記事を書いている間に完敗を喫してしまった。

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「勝ちたい」のに、もう一押しのところで勝てない。また、今年も同じことの繰り返しなのか……。

 ドラゴンズファンは、12球団の中でも一、二を争う厳しさを持っている。敗戦時だけではなく、劣勢、あるいは同点だったとしても、SNSにはネガティブなコメントが並ぶ。理由は「勝てない」ということに尽きる。12球団でもっともCSから遠ざかっているのは、ドラゴンズだ。

 ファンの心を明るくするには、勝つしかない。ドラゴンズが変わったと思われるには、勝つしかない。「勝つことが最大のファンサービス」だということを周平(やっぱりこう呼びたい)は骨身に沁みてわかっている。今年8年目のシーズンを迎えた周平は、ルーキーイヤー以外、Aクラスを知らない。

「オレが活躍するかどうかはどうでもいい。それよりも勝ちたい」
「今年はなんとしてもクライマックスシリーズに出たい」

 春季キャンプで同部屋になった石川翔に語った言葉である。その気持ちは、今も途切れてなんかいないはずだ。

ルーキーイヤー以外、Aクラスを知らない高橋周平 ©文藝春秋

「周平で負けたら仕方ない」

 与田剛監督のもっとも秀逸だった采配は、高橋周平にキャプテンを任命したことだと思う。

 1月4日、与田監督に呼び出された周平は、「あぁ、トレードか」と思ったという。冗談めかしているが、このことは2019年1月時点の周平のチーム内でのポジションを如実に表している。今思えば信じられないが、春季キャンプまで周平はまだ「定位置争い」をしていたのだ。

 キャプテンに任命されて「エッ~、マジ~」とうろたえていた周平だったが、みるみるうちに自覚と責任が生まれてきたようで、「チームが盛り上がるようにやっていきたい」「第一にチームを考えてやりたい」と繰り返し言うようになった。キャンプでは先頭に立って、とにかく声を出しまくった。

 周平が大切にしていたこと、それは「準備」だ。「地獄」と呼ばれる大島洋平の自主トレに参加して下半身を鍛え上げ、オープン戦ではデーゲームが始まる5時間前からランニングする姿が目撃されていた。「やれることはすべてやる」。それが今年の周平だ。

「間違いなく今年はきつい1年になると思っています。絶対にいっぱい悩むことが出てくるだろうし、壁にも絶対にぶつかる。それは今、すでに覚悟しています。だから、乗り越えるためには、準備だと思う」

 サードとして開幕戦に名を連ねた周平は、打撃と守備でチームを牽引していく。4月後半には不振に陥ったが、「歩く修理工場」こと立石充男巡回コーチのアドバイスをきっかけにして立ち直った。「自分はホームランバッターじゃない」と確信し、タイミングを取ることに集中した。

 そこから5月の活躍はご存知のとおり。打率4割1分7厘、猛打賞はイチロー、川上哲治らと並ぶプロ最多の8度を記録し、月間MVPに輝いた。プロ8年目にして初めての受賞。だが、筆者は輝かしい記録よりも、とある敗戦が記憶に残っている。

 5月29日、ナゴヤドームでのDeNA戦。1点リードされた延長11回裏、2死一三塁のチャンスで打席に立った周平だが、山崎康晃のシュートの前にセカンドゴロに倒れてゲームセット――。そのとき、驚きの光景を見た。SNSに「周平で負けたら仕方ない」というドラゴンズファンの声があふれたのだ。ここまでファンの信頼を得る選手になったなんて……。まるで『風の谷のナウシカ』のラストで王蟲の群れがナウシカ(周平)を蘇らせたシーンに見えて、胸が熱くなったものだった。

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