昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2019/09/25

最高の選手には最高のセレモニーがふさわしい

 19年9月22日、一塁側内野スタンド、ライトスタンド、そしてこの日、一部開放されたレフトスタンドに陣取ったヤクルトファンが見守る中で、三輪の引退セレモニーが始まった。試合は雨天コールドでヤクルトの勝利。グラウンドにはブルーシートが敷かれている。それは野球の神様が三輪のために用意した花舞台だった。天が三輪の味方をしたのだ。前日に行われた館山昌平、畠山和洋のセレモニーは涙に暮れる切ない別れのときとなった。しかし、この日は違った。登場の瞬間から三輪ちゃんは三輪ちゃんだった。

「えーと、いろいろ考えてきたんですけど、こんななるなんて思ってなかったんで、全部飛んでます、しゃべろうと思ったことが(笑)。ただ、こういう場を設けていただいたヤクルト球団の関係者のみなさま、ホントにありがとうございます!」

 そこに涙はない。その後、歴代監督、コーチ、ファン、恩師、友への謝辞が述べられた後、チームメイトへのあいさつが続く。

「……それと、チームメイト。先輩、後輩、同級生。ホントにたくさんイジってもらいました。ここでは言えないこともたくさんありました。ねっ、青木さん、いっぱいありましたよね! それと後輩。これはホントになめた後輩が多かったです。名前を挙げればきりがありませんが、川端、荒木、山崎……。各世代にわたって、なめた後輩が多かったです。ただ、彼らのおかげで、僕はとても楽しい野球人生を送ることができました!」

 大雨の神宮球場が笑いに包まれる。そして、両親や夫人、娘たちへの感謝の言葉が続き、あいさつはエピローグを迎える。

「その方々に恩返しをする意味では、これからの人生、僕がどう歩んでいくかが大事になってくると思います。そのために努力をし続けて、これからも頑張っていきたいと思います。最後に、ヤクルトファンのみなさま。これからも、ヤクルトスワローズの応援をよろしくお願いします。そして、近い将来、ここにいる後輩たちが必ず優勝してくれると思っています。ねっ、塩見くん! ですので、これからもヤクルトスワローズに熱い声援をよろしくお願いします。みなさん12年間、ありがとうございました。……じゃあ、行ってきます!」

 行ってきます――。花束贈呈を行おうとする関係者を自ら制止する三輪。そして自身の登場曲『ジェームズ・ボンドのテーマ』が場内に流れると、三輪が一塁に向かって走り出す。当然、ヘッドスライディングだ。ファンが自分に何を期待しているのか、三輪は知っていた。続けざまに、牽制で一塁に帰塁。二塁へ盗塁。きちんとリードを取って、臨時三塁コーチ・塩見の「回れ!」の指示を受けて三輪がホームに頭から滑り込む。その先に待ち受けていたのは花束を持った奥さまと娘さんの姿……。

引退セレモニーで雨の中ホームにヘッドスライディングする三輪正義

 笑顔あふれる家族と、それを大爆笑で見守るナインたち。最後の最後まで、三輪ちゃんは三輪ちゃんだった。ユニフォームを泥だらけにしながら笑顔で場内一周していたにもかかわらず、最後は再びホームにヘッドスライディング。2度目の胴上げも行われた。独立リーグ出身者では初めてとなるFA権を取得した。ホームランは一本も打つことはなかったけれど、その走塁、守備、そしてバントする姿はみんなの記憶に焼きついている。

 最高の選手には、最高の引退セレモニーがふさわしい。客席には前日に引退したばかりの畠山の姿もあった。すでに現役を引退している松岡健一、田中浩康もいた。他にも坂口智隆をはじめとする私服姿のチームメイトがスタンドから見守っている。誰からも惜しまれつつ、誰からも笑顔で見送られる稀有な存在だった。こんな引退の仕方もあるのだということを初めて教えてくれた。ありがとう、三輪ちゃん。あなたは最高のバイプレイヤーだった。ありがとう、三輪ちゃん!

ありがとう、三輪ちゃん! ©長谷川晶一

◆ ◆ ◆

※「文春野球コラム ペナントレース2019」実施中。コラムがおもしろいと思ったらオリジナルサイト http://bunshun.jp/articles/13720 でHITボタンを押してください。

この記事の写真(2枚)

HIT!

この記事を応援したい方は上のボールをクリック。詳細はこちらから。

ツイッターをフォローして最新記事をいち早く読もう

文春野球をフォロー