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突然の「進退伺」報道 ヤクルト小川淳司監督の「気遣い」と「優しさ」について

文春野球コラム ペナントレース2019

2019/09/08

 現在、2019(令和元)年9月8日、午前3時32分――。記録的勢力で関東を直撃するという台風15号は、少しずつ僕の住む東京にも近づいているのだろうか? 窓の外からは何も物音はせず、マンション前の大通りを行き交う車は少なく、文字通り「嵐の前の静けさ」といった、夜明け前の厳かな雰囲気に包まれている。

「小川監督 進退伺」報道を目にした明け方

 数分前のことだ。真夜中の静寂を打ち破るかのように、我が家の新聞受けがカタリと鳴った。神宮球場で観戦した帰り、近所のなじみの店で、「今日も負けたよ……」と店のオヤジに愚痴をこぼしながら軽く呑んで、自宅に戻ってきたばかりだった。酔って帰って帰宅する頃、朝刊が届くことはしばしばある。僕はいつもの習慣で、フラフラと新聞を取りに行く。届いたばかりの「日刊スポーツ」の1面を見て、思わず「アッ」と声が出る。

 そこには、「小川監督 進退伺」と大書され、その脇には「宮本ヘッドは退団」と添えられている。さらに、「後任最有力消え 高津2軍監督 池山氏ら候補」と書かれている。一気に酔いが醒めるのを自覚しながら、僕は本文を読む。リードには7日の読売ジャイアンツ戦に敗れ、残り13試合となった現在、完全にクライマックスシリーズ(CS)進出の可能性が消滅したことが言及されている。そもそも、まだCS進出の可能性が残っていたことに驚きつつ、僕はなおも読み進める。

 記事によれば、最下位に低迷する現状を鑑み、すでに小川淳司監督は球団に「進退伺」を提出し、自身の進退を球団に委ねているのだという。一方、宮本慎也ヘッドコーチは「監督を一番にサポートするのが僕の役目で、それができなかった」と語り、すでに退団の意思を固めているのだという。そして、後任候補として、高津臣吾二軍監督とOBの池山隆寛氏の名前が挙がり、小川監督に対しては「球団が続投要請の可能性もあり」とも書かれていた。

(あのときも、こんな感情のままパソコンと向き合ったよな……)

 僕は2年前のことを思い出す。17年8月22日の試合前に、当時の真中満監督が辞任を表明。僕は真中監督への思いを文章にし、翌23日にこの文春野球でそれを公開した。あのときも、身体の中に湧き上がってくるマグマのような思いを、何とか消化したくて、ノープランでパソコンと向き合った。そして今、やはり同じ理由で、内なる衝動に抗うことができずに、僕はこうしてキーボードを叩き続けているのである。

小川淳司監督と宮本慎也ヘッドコーチ

全方位に気遣いをする独特の話法

 小川監督が再び指揮を執ることが決まった18年シーズン。この年の開幕から定期的に小川さんに話を聞くWEB連載が決まり、僕がインタビュアーとして原稿をまとめることとなった。そして、この連載は今年も継続され、結果的に18年春から現在に至るまで、2シーズンにわたって、僕は折々の小川監督の言葉に耳を傾けてきたことになる。

 これまで、いろいろな選手、首脳陣にインタビューしてきたけれど、小川監督には彼独特の話法があることに、僕はすぐに気がついた。自分の考えをしゃべる際に、驚くほど他者への気遣いが垣間見えるのである。それはたとえば、こんな前置きに現れる。

「こんなことを言うと、頑張っている選手たちには悪いけど……」
「全部が全部、そうだというわけではないけど……」
「○○(選手名)は○○なりに頑張っているし、成長も見られるけれども……」

 いずれも、こうした前置きを受けて「……」部分で、小川さんが言いたいことが始まるのである。好意的に解釈すれば、「誤解を招く表現を避け、丁寧に慎重に物事を伝えたい」という意思の表れなのだろう。「不用意な表現で他者を傷つけたくない」という優しさの表れなのかもしれない。しかし、厳しい言い方をすれば、「断定表現」を避け、常にエクスキューズを用意しながらしゃべることで、「優柔不断」と受けとられかねない一面もある。

 だからこそ、インタビューを終えて原稿をまとめる際には、小川監督の意図を慎重に図りつつ、読者にきちんとその真意や狙いを伝えるべく自分なりに細心の注意を払ったつもりだ。あるとき、冗談めかして、「気遣いばかりだと疲れませんか?」と尋ねたことがある。すると、小川さんは「疲れますよ。でも、元々の性格がそうだから、こればっかりは変えられないんでね」と苦笑いを浮かべていた。

 恵まれた体格を誇り、和製スラッガーとして期待されていた現役時代。小川さんを評する際に、しばしば「気が優しい」という表現がなされていた。しかし、それは必ずしも額面通りに受け取るべき誉め言葉ではなく、「勝負の世界においては、その優しさが欠点なのだ」というニュアンスで用いられたものだった。これも、直接本人に聞いたことがある。

――いつも、「優しすぎる性格」という枕詞が小川さんにはついていましたよね。

「ああ、よく言われましたよ。僕は高校時代からそう言われ続けましたんで。でも、自分でそれを直そうと思っても、そこまで生きてきて自分の性格を変えるつもりもなかったですね。自分は自分でいくしかないんで……」

 そこまで言うと、小さく笑みを浮かべながら自嘲的に言った。

「……でも、“優しい”って言われるのは勝負の世界に向いてないってことですよ。自分で言っちゃいけないけどね(笑)」