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ベイスターズはどうすれば優勝できるのか?――筒香嘉智はずっとそのことを考えてきた

文春野球コラム クライマックス・シリーズ2019

2019/10/13

 横浜DeNAベイスターズが、筒香のポスティングシステムを使ってのメジャーリーグ移籍を容認したそうだ。いずれそうなるとは分かっていたものの、いざその時が来ると、横浜ファンにとっては非常に寂しい。と同時に、我らが筒香に大成功してほしいという気持ちと、果たして通用するのだろうかという不安な気持ちが同居していることは隠すことができない。

 2016年に打率.322、44本塁打、110打点を記録してからその成績を超えられずにいる中で、今季の成績である打率.272、29本塁打、79打点は、本来の力を考えると期待には及ばない。日本を代表するバッターとしてメジャーリーグへ移籍する限り、大成功と呼べる成績を収めてもらわないと、日本人としてどこか悔しい。そんな思いもあってか、「筒香はメジャーリーグで通用するのか?」という論争がにわかに巻き起こっている。私も、その中に一石を投じたい。

ポスティングシステムを利用してメジャー移籍を目指す筒香嘉智 ©文藝春秋

そもそも、筒香とはどういう人間なのか

 プロ1年目から、筒香の活躍は別格だった。高卒ルーキーながら当時のイースタン・リーグ新人記録となる26本塁打を放ち、10月に一軍に昇格すると、初安打をホームランで記録した。入団当時、筒香の打撃フォームは、トップ(打ちに行く瞬間)でバットがピッチャー寄りに入りすぎるクセがあり、この動きのせいでプロのピッチャーの投げるストレートに間に合わず、よく詰まらされていた。しかし、二軍の試合が開幕してわずか数試合でそのことに気づくと、あっという間にクセを直し、スピードに順応していった。オフにアメリカでトレーニングを積むと、日本に帰っても黙々とトレーニングを継続。日本ではあまり見ることのないトレーニングと、変化しすぎる打撃フォームに周囲は難色を示したが、本人は「3年後の自分のため」と言ってやり通した

 2015年、キャプテンとなり4番バッターとして定着。キャリアハイの成績を残し、日本代表に選ばれ、プレミア12に出場。直後の12月、ドミニカで行われるウィンターリーグに参加。多くの選手がオフ期間に入り体を休める中、単身異国の地で試合に出続けることは異例中の異例だった。古武術、テニスなどさまざまなスポーツからの動きを取り入れ、ビジネス書を読み漁り、思想の幅を拡大することにも余念がない。「野球」という枠を筒香から外したならば、残るのは、先を見通す力、好奇心、現状の自分を否定し続けられる力だ。

 そして、異常なまでに高い言語感覚を持っている。自らの身体感覚を、「矢印の方向が揃う」という独特の言語で表現し、高校野球、少年野球に対する問題点も自分の言葉で発信した。自分の考えを、自分の言葉で表現することに関して、非常に強いこだわりと感覚を持っている。そのためか、筒香は英語もスペイン語も、習得が早い。外国人選手と会話をするときも、通訳を介して話すのではなく、「これは英語で何と言うんですか? それは、どういう意味ですか?」と通訳に聞いてから、なるべく自分で伝えようとする。誰かから聞いたこと、誰かのやっていることではなく、自分のもの、自分の感覚を非常に大切にする男である。

 そういえば、筒香は野球人生において「緊張」を経験したことがないらしい。私は非常に緊張する方だったので、ある日、「ゴウ、どうして緊張しないの?」と聞いたところ、「誰かの期待に応えようとしているから、緊張するんじゃないですか? 自分の力以上のことは出せないんで、それで結果出なかったら、また練習すればいいじゃないですか」とあっさり返ってきた。心に太い幹が一本通っている、そんな男である。

「誰かの期待に応えようとしているから、緊張するんじゃないですか?」 ©文藝春秋

2016年の、ある夜の会話

 私がプロ野球を引退したのが2012年。それ以降も、筒香とはなにかと会話をすることが多かった。プロで1本しかヒットを打っていない私の言うことを、真剣に聞く筒香という構図は、どう考えてもおかしい。それでも、どういうわけか色々会話した。あれは2016年の春。ナイター後の筒香が話をしたいとのことで、わざわざ自宅付近までやってきた。その時の会話は、得点圏打率が下がっていることに関しての話だった。その話にどこか違和感を覚えた私は、こう切り出してみる。

「ゴウ、この話、つまんねえな。ゴウが今後、三冠王とって給料3億円稼いでスーパースターになるっていう未来は、もう見えてる。何の奇跡でもない。せっかく会話するなら、奇跡について会話しない? 何が起こったら、ゴウにとって“奇跡”なの?」

 しばらく考えた筒香は、言葉を探し出すようにして答えた。

「横浜が、優勝したら、奇跡だと思います」

 筒香にとって、強いチームでプレーをするというのは悲願だった。どれだけ活躍しても、「最下位チームの4番」と呼ばれ、その活躍が正当に評価をされないことへの不満もあった。強いチームで、優勝争いの中で、厳しいマークの中での勝負を経験することで、自分がまた1つ上のレベルに上がれることを知っていた。だからこそ、優勝することは筒香にとって重要だった。

「ただ単純に優れているバッターとしてではなく、チームを勝たせる4番バッターになろう。今の横浜を優勝させられることができれば、きっとアメリカに行っても、チームを勝たせられる選手になる」

 ただいいバッターとしてアメリカに行き、そこそこの成績を残すだけでは、筒香の好奇心は満たされない。強いチームで、最高の勝負をすることが、好奇心を満たし“続ける”。 この日から、筒香と私の間では、「どうしたら横浜が優勝するか?」という会話以外は扱われなくなった。