家も名前も命まで捨てる“純粋な愛”に初挑戦
広瀬すずは、無邪気な少女・愁里愛が恋を知って変わっていく様子をキラキラと演じる。ここまでストレートな恋愛ものを映像ではやったことがなかったそうだ。
映像だと、恋愛未満の「ちはやふる」シリーズや、教師に恋をする、ロミジュリとはまた違った禁断の恋「先生!、、、好きになってもいいですか?」などと極端に振れるし、朝ドラ「なつぞら」も幼馴染の天陽くんとはやっぱり恋愛未満で、それを超えて同志愛となり、夫(中川大志)ともストレートな恋愛結婚という感じではなかった。
そういう意味では、一目惚れしてただただこの人が好きで、家も名前も命まで捨てても一緒にいることを選ぶという純粋過ぎる恋愛ものは貴重。王子様ふうな志尊淳と美男美女で見つめ合う姿は微笑ましくまぶしかった。
そして後半、広瀬すずの本領ががぜん色濃くなる。「Q」の後半、死ななかったロミジュリのその後のターンになると、広瀬は「愁里愛の面影」という役割で舞台に立つ。その後の愁里愛と瑯壬生を見つめる彼女はじつに儚げだ。ボブカットの裾からのぞく細い首が少し前に傾いた横顔から伝わってくる憂い。「愁里愛」という己の名についた「愁」という運命を体現しているようだ。
「奥深いものを描きたくさせる」広瀬すずにある“なにか”とは
広瀬当人は美少女としてスカウトされて注目されて多くの作品に引っ張りだこの幸福な少女であるはずにもかかわらず、なぜか世界中の哀しみを湛えた像のように見える。
「なつぞら」の脚本家・大森寿美男が「なつぞら」に関するインタビューで、
“不思議な魅力のある方ですよね。前向きに元気にはつらつと爽やかな女の子もできると思うけれど、それだけじゃないものがにじみ出ちゃうというか、奥深いものを描きたくさせるなにかがある。”
「なつぞら」最終回 脚本家が明かすぎりぎりの創作秘話。「締めのナレーションには好き嫌いがあると思う」より
と語っていたがほんとうにそうで、李相日監督の「怒り」や先日、テレビ放送もされた是枝裕和監督「三度目の殺人」などの広瀬すずもまさにそれである。
「Q」でも徐々に単なる10代のキラキラ恋愛ではないものが立ち上ってくる。なぜ、ロミオとジュリエットは死ぬほど思い詰めることになったのか。ふたりの恋を引き裂いたものは何なのか……。その根本を野田秀樹は書く。そして、時代が変わっても場所が変わってもそこにあり続ける忌まわしき元凶に引き裂かれた多くの人たちの想いを広瀬すずが一身に引き受けるように見えてくる。
「なつぞら」で広瀬が演じた主人公なつは、東京大空襲のなか生き残り、焼け跡を子供だけで生き抜いて、命からがら北海道に生きる場所を求めてやって来て、なんとか居場所をみつけながら、それでもどうしても埋められない虚無をアニメーションに救われる。