広瀬すずの初舞台を目撃した者は幸いである。なんたって初ものである。21歳のいま、舞台に立ったタイミングは最高なのではないか。ヒロインを演じた朝ドラ「なつぞら」で演技力問題が取りざたされたことはあったものの、初舞台作「『Q』: A Night At The Kabuki 」は広瀬すずの唯一無二のチカラを見せつけるものになった。
バスケやキックボクシングで鍛えた広瀬すずの身体はもうそれだけで十分眼福なうえ、さらに天才・野田秀樹から新たな学びを得てぐんぐん伸びてゆく、その瞬間は尊い。とりわけ、声がよかった。ウィスパー気味で舞台向きではないのではないかという心配はなく、しなやかな身体そのもののようによく響いた。肉体の外側だけでなく内側の若い繊細に鍛えられた筋肉が作り立ての楽器のように弾く音。人間、誰しも年齢を重ねると声も変わるので、いま、この瞬間、野田秀樹の詩情あふれるセリフを発する広瀬すずの声が聞けただけで至福である。
10月8日に初日が開けてから東京、大阪、北九州とまわって、11月9日から再び東京公演がはじまる。当日券を求めてでも見るべきだ。
「もしもロミオとジュリエットが死ななかったら?」が舞台に
件の野田秀樹の新作「『Q』: A Night At The Kabuki 」とはどういう演劇なのか。
QUEENたっての希望で野田秀樹が名盤「オペラ座の夜(A Night At The Opera)」の12曲をふんだんに使用してつくった作品は、有名なシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」を12世紀の日本に置き換えたもの。主人公は、平の瑯壬生(ロミオ)と源の愁里愛(ジュリエット)。そう、ロミジュリのモンタギュー家とキャピュレット家の争いを平家と源氏の争いに見立てているわけだ。瑯壬生の父は平清盛で、愁里愛には父はいないが、源義仲や源頼朝の庇護を受けている設定。神父(法皇)様も出てくるし巴御前も出てくる。ロミジュリと源平合戦の両方の要素をうまいこと盛り込みつつ、単なるロミジュリ×源平合戦ではなく、舞台上は次第に別の世界線を描き出し、第二幕になると驚くべき変容が……。
基本は「もしもロミオとジュリエットが死ななかったら?」という世界線の物語で、平の瑯壬生と源の愁里愛の傍らには、その後の瑯壬生とその後の愁里愛が寄り添っている。広瀬すずと志尊淳が演じる若きロミオとジュリエット、松たか子と上川隆也演じる大人になったロミオとジュリエット、この4人のロミオとジュリエットが舞台上に入れ代わり立ち代わり、ときに絡み合いながら物語は進行する。その後のロミジュリは、若い情熱だけで死に急ぐロミオとジュリエットを救うべく奔走する。