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身近な光景だってアートの素になる
日本の近代絵画を代表する作、岸田劉生《麗子肖像(麗子五歳之像)》もある。ふつうの肖像に思えるけれど、これはよく見ると画面上部にアーチ型の額縁がある。つまりは「額縁に入った麗子の肖像画を見ながら描いた絵」という体裁をとっている。複製の複製になっているはずなのに、麗子の姿がちょっと怖いほどに生々しいのは不思議だ。
マルセル・デュシャン《フレッシュ・ウィドウ》は窓のオブジェだが、本来なら外界を見渡せるはずのガラス部分が真っ黒に塗られて、何も見通せない。絵画の世界で重宝されてきた窓の機能そのものを停止させ再考させる試みだろうか。
区切られた額の中で、淡く絵柄が付けられた透明なシートが幾層にも重なっているのは、ロバート・ラウシェンバーグの《スリング ショット リット #5》。オブジェとして美しいとともに、何か見慣れたものを思い出す。そう、パソコンのデスクトップで、いくつもウィンドウを立ち上げて作業をしているときの様子に酷似しているのだ。
窓というテーマを設定することで、これほど美術史上の名作が秩序立って並べられるとは。編集の妙といえそうだ。同時に、身近なところに美は潜んでおり、あらゆるものは視線の注ぎ方によってアートになり得るということをも、今展はよく示してくれている。