auのCM「三太郎」シリーズの浦ちゃん(浦島太郎)役で、子供からお年寄りまでの人気者になった桐谷健太さん。2016年は三線の弾き語り「海の声」が大ヒットし、NHK紅白歌合戦の出場も果たした。

 そんな桐谷さんの最新作は映画『彼らが本気で編むときは、』。メガホンをとったのは、『カモメ食堂』や『めがね』の荻上直子監督である。日常を丁寧に描きながら、LGBTや育児怠慢、介護、母娘の確執などを静かに問うた意欲作。不条理な社会のなかでの美しい抵抗法を示す、胸に響く作品だった。

 桐谷さんが演じたのは、トランスジェンダーの恋人リンコをひたすら愛するマキオ。優しくて包容力があって、理想の旦那さんと思うような人だ。アグレッシブな役の印象も強かった桐谷さんだが、本作のなかでは、これまで見たことのない穏やかな表情を見せ、新境地を切り開いている。

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 37歳になったばかりの桐谷さんに、最新作について、ここ数年の躍進について語ってもらった。

 

映画に描かれた世界は僕にとっては特別な風景ではなかった

 『彼らが本気で編むときは、』の脚本を最初に読ませてもらったとき、すごくええ本やなと思いました。オリジナル脚本の映画は少なくなってきているなか、映画らしい映画になるんじゃないかと感じたし、自分が出たらどんな風になるんだろうとめっちゃ楽しみでしたね。荻上監督は撮影前に「私の第二章なんです。これにかけてるんです!」と言ってくれたんです。そんな大事な作品に声をかけてもらえたのが嬉しかったし、監督のお手伝いを全力でしたいなと思いましたね。

 僕が演じたマキオの恋人のリンコさんはトランスジェンダー。男性の体で生まれたけれど、心は女性です。実はこの「トランスジェンダー」という言葉、俺はこの映画に入るまで知らなかったんです。でも、トランスジェンダーの友達は周囲にたくさんいました。  

 高校を卒業して大阪から東京に出てきたとき、クラブでゲイの方にナンパされたんです。知り合いも全然いなかったので、言うてみれば俺も東京のなかでマイノリティだった。そんななか、ゲイの人たちがすごく親切にしてくれたんです。最初にモデル事務所を紹介してくれたのも彼らでした。だから、映画のなかのリンコとマキオの風景は俺にとっては特別な感覚はなかったです。

 マキオを演じることになって、当時からの、いまは籍も変えて女性として生きている友達に話を聞かせてもらいました。「なんでも聞いて」と言ってくれて、「トランスジェンダーの女性と付き合う男性に共通するところはある?」と聞いたら、「それは人それぞれだよ」と言われた。その言葉が妙に腑に落ちたんです。人それぞれって、言葉としては全くヒントにならないはずなんだけど(笑)。愛する気持ちや、好きな人の側にいたいという気持ちは、マキオと自分はなんら変わらないということがよくわかった。

 

昔は目立つことしか考えていなかった

 この映画は、とにかくリンコさんを演じる斗真が美しく見えないといけない。斗真は大変だったと思います。メンタルな部分を作りながら、肩幅が大きく見えないように、男の手に見えないようにとフィジカルな面でもすごく苦労をしていた。

 この現場は女性スタッフが大勢いて、仕草とか座り方とか、ひとつひとつ注文がくるんですよ。俺と二人のシーンでも「それ、男の友情に見えます!」とつっこまれたり(笑)。とにかく、斗真の心が折れないように、リンコさんが美しく見えるように、自分が少しでも力になれたらと感じていました。常に「かわいいよ」と声をかけていたし。実際、かわいかったし、リンコさんは後半に向けてどんどんキレイになっていきましたね。

 20代のころの俺は、「全力で目立ったる!」という思いで作品に臨んでいました。それが作品にとっても俺にとってもいいことだと思っていたから。だから今回、自分のことよりも斗真のことや、監督の満足がいくお手伝いが少しでも出来るようにと感じている自分にびっくりしました(笑)。

 そうやって、斗真を支えようとしたことが、リンコさんを全力で支えたマキオにシンクロしていたのかもしれないですね。

 荻上監督は「空気」を撮る方なので、演技もテクニックじゃないんです。後ろ姿もマキオに見えないといけない。それは、そう見えるように意識するんじゃなくて、自然にそのままマキオとして生きることが求められるんです。

 リンコさんにキスをするシーンも、もともと台本にはなくて、あの場面のセリフを交わしているうちに、どうしても抱きしめたい気持ちになって、キスしてもいいかと監督に提案しました。はっきり見えないアングルになっていますが、本当にキスしてます(笑)。

 前にドラマの打ち上げで酔っ払って斗真とキスをしたことがあったので、斗真も抵抗なく受け入れてくれました(笑)。

 監督やスタッフや役者、みんなで物語の空気をじっくり作っていった。それが映画作りの醍醐味ですよね。背中を押したり、手を引っ張ってもらったり、みんなで支えあったから、素敵な作品になっていった気がします。