強すぎて責められる主人公
松居 『男ともだち』を読むと、神名のことを全然知らなくて自分から遠いはずなのに、いつも千早さんの描くキャラクターの強さに説得されきるんです。その人が正しいと思っちゃうんですよね。本当は男のハセオに感情移入するはずなんですけど、神名のほうに感情移入するんです。でもこの対談を前に再読したらハセオの気持ちもわかって。
千早さんが書くときは神名目線だったんですか?
千早 作品にもよりますが、連作や三人称だと、俯瞰して、主人公とある程度の距離をとって書きます。でも『男ともだち』のときは主人公の神名との距離がすごく近くてしんどかった記憶がありますね。もともとはお仕事小説という依頼だったのですが、女性の編集さんたちと打ち合わせをしていくうちに、30前後の仕事をばりばりやりたい時期は正直恋人が邪魔になることがあるよね、という話になっていったんです。女性ばかりで作った本でもあったし、自分もそういう時期でした。今、文庫化にあたって読み返したら神名に対して「もっと肩の力抜いたら」と感じたんですよね。遠くなりました。それが35歳の壁を超えるということなのかもしれない。あのときにしか書けないものを書けたと思います。
松居 ハセオとか(恋人の)彰人の目線はないんですね。
千早 一人称というのもあるし、あんまりないです。描かれていないハセオの気持ちは私にもわからない。
そういえば、彰人がかわいそうという意見がすごく多かったんですよ。でも逆だったら「バンドマンの女」ということでしょう。それは許容されるのに、男女が逆だとやいやい言われてしまう。あと、意外と愛人の真司は責められない。
松居 えー!
千早 とにかく主人公の神名が責められましたね。もともと私の書く主人公は強い人が多いんですけど、神名はなかでも特に強いと思われるみたいです。私から見ると不器用で弱いんですけど。
松居 最後に神名が自分を乗り越えていくじゃないですか。そういうところかな。
千早 そうですね。なんでも手に入れているように見えちゃうんでしょうね。
言葉で形容できない関係
松居 ふたりの関係はなんとも言い難いですね。周りは「セックスしたら大切な存在でなくなる」とか言うけど、「なんてこと言うんだ!」って思うんですよ。ふたりの間に言葉はいらないんだけど、すごくギリギリの状態だけどすごくいい状態で、それを他者が言語化してはいけないなって。周りから見ると形容できない関係性だけど、結局「男ともだち」という言葉でくるむしかない。
千早 上の世代の男性からは「こんな関係ありえない」という意見がわりとありましたね。でも松居さん世代だとそんなことないですよね。
松居 友達以上恋人未満という言葉が正しいかわからないですけど。仲がよくなると、なんとなく会いたいじゃないですか。一緒に飲んだり話したりしてると、まわりからはいつ付き合うのとか言われたりして、「うるさいよ」と思うんだけど。
千早 気になっちゃうんでしょうね。わかりやすい枠にあてはめるほうが楽ですからね。私は当人同士が納得していればどんな関係でもありだと思います。
千早茜(ちはや・あかね)
1979年、北海道江別市生まれ。立命館大学文学部卒業。2008年、「魚」で第21回小説すばる新人賞受賞。受賞後「魚神」と改題、09年、『魚神』で第37回泉鏡花文学賞受賞。13年、『あとかた』で第20回島清恋愛文学賞受賞、第150回直木賞候補。14年、『男ともだち』で第151回直木賞候補、15年、同作で第36回吉川英治文学賞新人賞候補。
松居大悟(まつい・だいご)
1985年、福岡県北九州市生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。劇団ゴジゲン主宰。12年、『アフロ田中』で映画監督デビュー。最新監督作は16年『アズミ・ハルコは行方不明』(第29回東京国際映画祭コンペティション部門出品・ロッテルダム国際映画祭2017出品)。現在、監督をつとめるテレビ東京ドラマ24「バイプレイヤーズ~もしも6人の名脇役がシェアハウスで暮らしたら~」が放送中。17年、手掛けたクリープハイプ『鬼』MVが第21回SPACESHOWER MUSIC AWARDSにてBEST CONCEPTUAL VIDEO受賞。
写真=文藝春秋