報道陣を困惑させた入団会見でのコメント

 その場が凍りついた。ドラフト指名選手の仮契約が完了した際に行う記者会見にはこれまで沢山、立ち会わせていただいたが、その中でも忘れられない出来事の一つが、2013年12月に都内ホテルで行われた石川歩投手(東京ガスからドラフト1位で入団)の会見だ。

昨季はチームトップの14勝をあげ、WBC日本代表に選出された石川歩 ©文藝春秋

 会見が始まるや、某民放テレビ・キー局のスポーツディレクターが手を挙げた。「石川選手の夢を教えてください」。よくあるオーソドックスな質問である。予想される回答は「〇〇選手のような息の長い選手を目指したい」、「マリーンズといえば私といってもらえるような選手になりたい」などである。もしかしたら目先の目標として「まずは新人王を狙いたい」と答えるかもしれない。しかし、石川は違った。「ありません!」。キッパリと言い放った。質問をした方も、予期せぬ回答に沈黙。まだ始まったばかりの会場は凍りついてしまったのをよく覚えている。

 球団との契約が完了したばかりで、プロのユニホームに初めて袖を通した後の夢にあふれている時。まさか夢がないとは……。司会をしていた私もどうフォローすればいいのか分からず、とりあえず笑ってみたものの、心の中では頭を痛めたものである。しかし、今思うと、あれこそがこの男の真骨頂だった。侍ジャパンを率いる小久保裕紀監督は、記者会見でWBC(ワールドベースボールクラシック)初戦の先発を石川に任せた理由について聞かれ、「彼は飄々としているというか、つかみどころがない選手。そういう自分らしさを試合でも出して欲しい」と話していた。確かに私もこれまで沢山のプロ野球選手と出会い、一緒に過ごしてきたが、こういうタイプは初めてだ。プロ野球選手独特のギラギラしたもの、ガツガツしたもの、自分に対する確固たる自信、プライドがまったくこちらに伝わってこない。超体育会社会の中において、完全な草食系。少し怒ると寝込みそうなタイプである。ただ、この極度のマイナス思想で自分に自信がないからこそ必死に努力し、練習をし、日々、色々なことに工夫をこなしていることで、石川はどんどん成長し、結果を残し、本人自身が思ってもいなかった次元までたどり着いているような気がしてならない。

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別人のようだったキューバ戦のマウンドさばき

「WBCは第1回目も2回目も友達とテレビで見ていましたね。自分? まさか。その一員になる日が来るなんて夢にも思っていませんよ。奇跡です。だって、ボクですよ! ボク(笑)もし高校時代のボクが、それを聞いたら腰を抜かすと思います」

 石垣島キャンプ中に雑談で本人と侍ジャパンの話題をするとそう答えた。高校野球で特に実績があるわけではない。高校3年夏の富山大会は三回戦敗退。その試合は5回を投げて降板した。だから高校を卒業すると興味のあった服飾系の専門学校に通いたいと考えていた。ただ、周りの支えと縁があって中部大学で野球を続けることが出来た。そしてコツコツと日々を充実させたことで社会人野球の名門、東京ガス入り。そこからマリーンズで新人王(2014)、最優秀防御率(2016)、そして今回の侍ジャパン選出と、夢のようなシンデレラストーリーを歩んでいる。それなのに、本人は今でも自分に自信がなく、毎日プレッシャーに押しつぶされそうになりながら必死に生きている。だから、夢なんて考える余裕なんてないし、ましてや人前でそれを公言することなどできないタイプなのである。

 余談だが、高校3年夏の大会後は富山にある中華料理店でアルバイトをしていた。メインの仕事は皿洗い。時々、餃子作りを手伝った。大学に入る前の数カ月間、働いていたそうだが、そんな時間が結構、楽しかったと本人は言う。

「ラーメンも好きですけど、今は天ぷらが大好きですね。天ぷらに関する分厚い本があって、それを読んでいる時間がいろいろなことを忘れられて好きです」

天ぷらの本を熱心に読む石川歩 ©梶原紀章

 キャンプのホテルの部屋を訪ねた際、そう言って、分厚い天ぷらの書物を見せてくれた。調理の仕方から食べ方からいろいろなことが書かれていたが、私はまったく興味がわかず、とりあえず「へえ~」と相づちだけうたせてもらった。何度も言わせていただくが、これまで数多くのプロ野球選手と出会い、一緒の時間を過ごさせていただいたが、部屋で一冊の天ぷらの本を毎晩、読みふけっている選手と出会ったのは初めてである。小久保監督の首をかしげるように「つかみどころのない選手」だ。

 3月7日、そんな石川は侍ジャパン初戦の先発マウンドを任され、強敵キューバを4回2安打1失点に切り抜け、日本の勝利に貢献した。テレビで見たそのマウンドさばきに、天ぷらの本を読んでニヤけ、シーズン中の登板前2、3日前にプレッシャーからため息を連発する彼の姿はなかった。私にはまったく面識のない選手を見ているような錯覚に苛まれたほどだ。

 そういえば、キャンプ中にあるテレビ局のインタビューの最後に、色紙にWBCにかける想いを書いて欲しいとリクエストされた。案の定、彼は悩み、ためらっていた。契約会見のころと違い、私も彼を把握できるようになったので、今回は後押しをした。「『世界の絶景を見る』とかは?」。苗字が石川ということから「石川五右衛門」の有名なセリフ「絶景かな」を意識したものである。本人は渋ったが、これを書かない事には収録が終わらないことから「じゃあ」と言って、弱々しい字(失礼!)で書き込んだ。世界一の絶景までは、まだ遠い。でも夢ではない。いつも現実と向き合い、目の前の一歩だけを見続けてきた若者に世界一の絶景を見てもらい。そして感想を聞いてみたい(たぶん、「普通でした」と言いそうな気もしますが……)。

梶原紀章(千葉ロッテマリーンズ広報)

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※「文春野球コラム ペナントレース2017」実施中。この企画は、12人の執筆者がひいきの球団を担当し、野球コラムで戦うペナントレースです。