がんにおける過剰診断の問題が深刻なのは、それによって無用な治療を受ける人が出ることです。実は、どの人のがんが放置してもいいもので、どの人のがんは進行するものなのか、現在の医学では予測することができません。早期の前立腺がんでは定期的に検査をして、進行する場合だけ治療をする「監視療法」の選択肢もありますが、医師から「念のため」と言われて、あるいは患者から希望して、本来は不必要な治療を受ける人も少なくないはずです。
また、乳がんでは良性の可能性が高い病変でないかぎり、今のところ経過観察の選択肢は原則的にありません。そのため、病理診断で「がん」と診断されたら、ほとんどの人が治療を受けることになります。つまり、「前立腺がん」や「乳がん」と診断された人の中に、無用な手術、放射線、ホルモン療法、抗がん剤治療を受けた人が確実にいるのです。
これは、社会全体で考えるべき、とても深刻な問題だと私は思います。なぜなら、本来は人びとの健康を守り、病気を癒すのが目的であるはずの医療によって、無用に体を痛めつけられ、命を縮めたかもしれない人が、毎年何万人もいる可能性が高いからです。
しかし、がん検診による過剰診断の問題が、新聞やテレビなどで大々的に報じられることは滅多にありません。週刊誌や月刊誌、書籍、ネットなどでは、がん検診を批判する記事が盛んに出るのに、なぜ新聞やテレビがこの問題に消極的なのか、不思議に思いませんか?
「対がん協会」理事長ポストは元朝日新聞社幹部の指定席
その理由は、新聞やテレビが早期発見・早期治療の重要性を説き、がん検診普及の後押しをしてきた歴史があるからだと私は考えています。とくに、がん検診事業と関係の深いのが「朝日新聞社」です。国内でがん検診事業の中心的な役割を担っている大きな組織の一つに「日本対がん協会」がありますが、実は同協会の設立(1958年)には当初から朝日新聞社が関わっており、最近でも理事長ポストは元朝日新聞社幹部の指定席となっています。ちなみに同協会会長は、国立がん研究センターの元総長が務めています。
また、朝日新聞社は乳がんの早期発見・早期治療を啓発するピンクリボン運動にも積極的に関わってきました。昨年、乳がんを公表した女優の南果歩さんやフィギュアスケーターの安藤美姫さんをゲストに迎えて全国各地で行われた「ピンクリボンスマイルウォーク」という催しでも、朝日新聞社は対がん協会とともに主催者として名を連ねています。さらには、朝日新聞社のネットショップでは、ピンクリボンフェスティバルのTシャツなどグッズまで販売しています。
対がん協会のホームページにも「2003年から朝日新聞社と一緒にピンクリボン月間の10月にピンクリボンフェスティバルを開催しています。各地でスマイルウオークやシンポジウム、セミナーなどを実施して乳がん検診の受診を呼びかけています」と明記されています。
ピンクリボンキャンペーンによる読者への刷り込み
昨秋も、「もっと知りたい、乳がんのこと 10月にピンクリボンフェスティバル」と題した南さんらのインタビュー記事や、「姫路城もスカイツリーもピンク色 乳がん発見・治療訴え」と観光名所の派手なライトアップの報道を通してピンクリボンキャンペーンを広めてきました。そうした記事の中で、しばしば、がん検診の受診を促すようなメッセージが書かれてきました
このように、朝日新聞社はがん検診事業と関わりが非常に深いのです。そして、読者がこうしたニュースに触れる中で、「がん検診は受けなくてはいけない」という刷り込みがなされてきたのではないかと私は考えています。
朝日新聞だけでなく、新聞やテレビなどの大手マスコミで過剰診断に警鐘を鳴らすような報道はほとんどなされていません。しかし、毎年、何万人という人が「がん」と過剰に診断され、無用な治療を受け、体を痛めつけられている可能性があるのです。大手マスコミが報道しなければ、ますます「被害者」が増えてしまいます。
前立腺がんや乳がんだけでなく、検診で発見される他の早期がんの中にも、多かれ少なかれ過剰診断があるでしょう。医療界の方々には、それをできるだけ少なくする努力や研究、啓発をしていただきたいと願っています。無用な治療で患者を痛めつけることは、医療者にとっても本意ではないはずです。
そして一般の方々にも、がん検診は効果が限られているだけでなく、デメリットがあることも知っておいてほしいのです。「がん検診を受けるべきだ」という思い込みは捨てましょう。がんのリスクが高くないふつうに健康な人は、「がん検診を受けない」という選択をしてもいいのです。がん検診の「真実」を知って、ぜひ賢い選択をしてください。