文春オンライン

「ノーベル賞がつらかった」田中耕一が初めて明かした16年間の“苦闘”――2019 BEST5

NHK「平成史スクープドキュメント」がスクープした思いとは

2020/01/07
note

「偶然は、強い意志がもたらす必然」

 認知症研究の第一人者である柳澤勝彦(国立長寿医療研究センター)。当初「正直、何が新しいのか分からなかった」と言うが、田中たちと議論を重ねるうち、この未知のタンパク質が早期診断の鍵を握っているのではないかと考えるようになった。そして、柳澤は脳内で病気の異変が起きている人と、起きていない人の血液を分析することにした。すると、驚きの結果が出た。

 異変が起きていない人の血液では、アミロイドβは未知のタンパク質より多かった。かたや、異変が起きている人では、その逆。アミロイドβは未知のタンパク質より少なかった。ふたつのタンパク質の比率に注目することにより、認知症を発症するリスクを診断できる可能性があることを突き止めた。

 若き日、田中は化学薬品を誤って混ぜたことで、タンパク質の分析方法を発見。ノーベル賞を受賞した。そして今回、田中は「常識」を知らないまま研究に挑み、さらに副産物として未知のタンパク質を発見したことで、認知症の早期診断に扉を開いた。2度の発見はラッキーパンチだったのだろうか。私はそうは思わない。常識を打ち破る科学的発見は、偶然から導かれることが少なくない。だが、その偶然を生み出すには、失敗を恐れずにチャレンジし続ける、不断の努力で裏打ちされているものだ。「偶然は、強い意志がもたらす必然である」。

ADVERTISEMENT

「失敗してもいいから、私も失敗ばかりしていますから、チャレンジしてほしい」 ©NHK

インタビューでは終始謙遜していたが……

 受賞から16年、ノーベル賞の呪縛から解き放たれた田中。「もがいて進んできた」経験を伝えたいと、私たちの取材に応じることも決断してくれた。

「例えば化学の実験で、これは間違っているからやめておこうということも、私たちは深い専門知識がないためにやってしまう。天才だったらこんなことしないだろう。でも、こういうふうに解釈したら、別の分野の考え方で捉えたらうまくいくことがいくつかできたために、発展ができた」

「失敗を恐れて取り組まないと、結果として何もできないということになる。もっと色んな可能性というものにチャレンジというか、失敗してもいいから、私も失敗ばかりしていますから、チャレンジしてほしい」

 インタビューでは終始、謙遜していた田中だが、一つ一つの言葉は自らの手で掴んだ確信から絞り出されたもののように思われた。

(文中一部敬称略)

2019年 いいね!部門 BEST5

1位:「ノーベル賞がつらかった」田中耕一が初めて明かした16年間の“苦闘”
https://bunshun.jp/articles/-/19397

2位:これぞ東京の秘境! 1972年に廃村になった奥多摩山中の「峰集落」へ行ってみた
https://bunshun.jp/articles/-/19394

3位:千葉の名物売り子は42歳男性 黒木vs松坂、伝説の投げ合いの記憶
https://bunshun.jp/articles/-/19382

4位:安倍晋三「民主党の枝野さん」と山本太郎「クソ左翼死ねというお言葉」 むき出しの“参院選演説”
https://bunshun.jp/articles/-/19381

5位:全競技を札幌開催? もう東京オリンピックはやめたらどうか
https://bunshun.jp/articles/-/19373

「ノーベル賞がつらかった」田中耕一が初めて明かした16年間の“苦闘”――2019 BEST5

X(旧Twitter)をフォローして最新記事をいち早く読もう

文春オンラインをフォロー