4月8日(土)より、ドキュメンタリー映画『作家、本当のJ.T.リロイ』が公開されます。J.T.リロイは弱冠18歳で自叙伝を書き始め、2000年に出版された小説『サラ、神に背いた少年』が話題となりました。本作の公式サイトに、リロイの経歴は「1980年、ウェスト・ヴァージニア州で生まれ、5歳で誘拐され虐待を受け、11歳で女装して売春、14歳でドラッグを経験し、16歳で心を病み入院。ドラッグ・売春・暴力の子供時代を経て、18歳で自伝的小説を執筆」と記されています。
そんな環境で育ちながら、優れた小説が書ける才能。いったいどんな人物が、この小説を書いたんだろう――? 世間が抱く疑問に対し、いよいよ表舞台に現れたリロイ。その姿は大きなサングラスとウィッグで顔を隠し、声や服装からは男女の判別がつかない、ミステリアスな美少年でした。しかしお茶目で可愛らしい仕草や、一応男性に生まれつきながらも、中性的な空気をまとったリロイは一躍、アーティストたちから注目され、セレブリティの一員となります。
一人語りのみで進む、客観的ではないドキュメンタリー
しかし、2006年にニューヨーク・タイムズが、「J.T.リロイは存在しない」という暴露記事を掲載しました。人前に立つ中性的な美少年リロイは影武者で、本当に執筆をしているのは、40歳の女性ローラ・アルバート。リロイのアシスタントを担当している、スピーディーと名乗っている女性でした。そして、人前でリロイを演じていたのは、本名がサバンナという、ローラ・アルバートの義妹でした。
映画『作家、本当のJ.T.リロイ』は客観的な映画ではなく、ローラ・アルバートの一人語りのみで進みます。当然、彼女にとって都合良く記憶や話が変わっていたり、印象の悪い人物へは辛辣な表現も飛び出します。ローラ自身の主観ではわからない、リロイに終始付き添う彼女を、周囲がどう思っていたかはこの映画では取りあげられません。意図的に、そこは重要ではないとして切り捨てられているのです。
この映画は、徹底して影武者を立てた人の言い訳を、否定せず聞いてみる作品です。結局煎じ詰めると、ローラは自分の醜貌への嫌悪から、理想的な姿を持つJ.T.リロイを生み出したのでした。幼少期から情緒的に問題のあったローラは、過食症を患い、この太った容姿は出来上がった小説の素晴らしさには見合わない、と感じます。そして偶然、ボーイッシュで美しい義妹がいて、影武者をやらせてみたら、意外に器用にこなしたのがきっかけで、この影武者劇が始まりました。しかし世間から、好意的に受け止められたリロイ像が一人歩きを始め、ローラにとってただの偶像であるリロイが、現在進行形の創作物となってしまいます。
観ていてウッとなる、ローラ・アルバートのミーハーな感情
さらにローラ自身が胃のバイパス手術を受け、痩せて綺麗になったため、彼女のエゴは複雑になっていきます。自分も人前に出たいという欲望――。替え玉を使ってまで、創作物を世に出し売れたいという願望は、ただ小説が話題になれば満足する範囲で留まるはずもありません。セレブリティへの仲間入りは、その重大な要素です。この映画を観ていてウッとなるのは、ローラ・アルバートの有名人へのミーハーな感情でした。特にローラ本人の容姿でも勝負できると感じてからは、憧れのミュージシャンとの親密さを、彼女は映画内で暴露せずにいられません。
自意識の強い女性は、恋愛や、疑似恋愛の関係になった有名人を言いふらしたくなるから、すごく面倒です。リロイの覆面作家時代は、小説自体が高く評価されていたはずなのに、この映画ではローラはその辺りにはあまり興味を持っておらず、彼女の存在価値は、著名人に認められた証拠の、電話の録音テープや、一緒に写した記念写真で表現されます。
ローラが語る美談をそのまま受け止めていいのか
覆面作家でいるのには、なんの咎もありません。ローラ・アルバートは派手にやってしまいましたが、影武者を立てるのも試みとして、あって良いことです。現実に、性別の曖昧なペンネームの作家は多いし、二人でひとつのペンネームを使って執筆しているコンビの作家や、逆に一人で複数のペンネームを使い分けている作家もいます。そこに、たった一人の正確な人格を追求するのは、小説が自由な創作活動として許されている限り、野暮な行為です。しかし、ローラ・アルバートの場合、リロイの設定をショッキングにして人の関心をひこうとし、それで得た名声を利用して、悦楽を享受しすぎたために、叩かれてしまったのでしょう。
このドキュメンタリー映画は、電話と文章では少年の人格が現れるローラの多重人格の真偽のほか、「電話を録音した、会話の音声使用の許可は取っているのか?」とか、「ローラが語る美談をそのまま受け止めていいのか」など、彼女の発言だけでは足りないピースを想像しつつ、鑑賞していただきたいです。
作家、本当のJ.T.リロイ
監督:ジェフ・フォイヤージーク
2017年4月8日(土)より、新宿シネマカリテ、アップリンク