“HELLive”とか「疲労を癒す水」とか、ザワザワする万博プラン

 2025年の大阪での万博誘致を目指す、新テーマが先日発表されました。それがなかなか鮮烈な内容だったので、物議を醸し、ザワザワした雰囲気を招いているのは、ご存知のかたも多いかと思います。

 とにかく万博の展開事例集(現在は削除)が、基本的に死臭が漂っており、目を通してかなり不安になります。「自分が死ぬ直前を想定して、遺書をしたため棺桶に入る。そのあと子宮を模したカプセル型入浴装置に入り、短時間で疲労を癒やせる成分のお湯に浸かって、生きる喜びに浸りながら疲れた身体を癒やす」という旨のパビリオン案。「短時間で疲労を癒せる水」は風呂にぜひ水道を引きたい!

大阪万博、掲げたテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」。右から4人目は万博推進本部事務局の除幕式に臨む世耕弘成経済産業相 ©時事通信社

 音楽フェス“HELLive”では、「センセーショナルな外観と複雑な内的世界観で人々の心を離さない『地獄』と、時に理性を超えて脳髄に届く『音楽』とを掛け合わせ、死と生から遠ざかった現代人の心に轟音をぶつける」という提案。灰野敬二やメルツバウなどのノイズミュージックしか浮かばないんですが、高齢の入場者にも大丈夫な轟音か気になります。でも、正直ちょっと見てみたいフェスです。

ADVERTISEMENT

20年前に遺伝子マッチング問題を突き付けていた『ガタカ』

 そしてなにより度肝を抜かれたのが、展開事例集の筆頭を飾る“万博婚”。「数千万人が来場する万博で、遺伝子データを活用したマッチングなど、新しい出会いを応援する」という趣旨は、ようは優生学の考え方を世界に対して掲げるわけで、まだカジノの方がマシというか、心臓がヒヤッとしました。

 もう20年前の作品になりますが、『ガタカ』(97年)は遺伝子問題をテーマにしたSF映画です。遠くない未来、もはや人間は受精まもなく、遺伝子的な不安要素が取り除けるように科学は進歩しています。しかし、テクノロジーの手を借りず、神の御心に委ねた両親の元で生まれたヴィンセント(イーサン・ホーク)は、遺伝子検査の結果、心臓が弱く30歳までしか生きられないと宣告され、近眼というこの時代ではありえないハンディキャップを背負っています。

©1997 COLUMBIA PICTURES INDUSTRIES, INC. ALL RIGHTS RESERVED.

 ヴィンセントの不遇さを見た両親は、次男には遺伝子排除をしたため、弟アントンは体格も頭脳も、すぐさま兄を凌駕する存在に。もはや、自然に生まれて問題要素が多い人間は、遺伝子的に「不適正者」と判断される時代となってしまいます。

 しかし宇宙飛行士になる夢が捨てきれないヴィンセントは、優れた遺伝子を持ちながらも、事故によって半身不随となったジェローム・ユージーン・モロー(ジュード・ロウ)を、DNAブローカーに紹介され、彼と闇取引します。人権的に辛辣な内容ですが、後天的な障がい者に対しても厳しい世界において、ジェロームは陰の存在となり、彼のDNAサンプルをヴィンセントに提供する代わり、ヴィンセントの給料で養ってもらうという契約で、二人はすり替わった人生を生きることになります。

©1997 COLUMBIA PICTURES INDUSTRIES, INC. ALL RIGHTS RESERVED.

誰も顔の違いをあまり気にしなくなっているアバウトな未来

『ガタカ』はいまだに人気の高い作品ですが、ちょっとトンデモ系の香りもする映画です。宇宙開発の企業ガタカ社の就職試験に、ヴィンセントはジェロームになりきり見事合格。毎日、出社時は今でいうIDパスの代わりに、血液採取があるので、指先にジェロームの血をしこんだ薄皮を貼ったり、いつあるかわからぬ尿検査のため、尿サンプルまで連日装着する慎重なヴィンセント。普通はまっさきに、顔がまったく違うんだから、それでバレるじゃないかと思いますが、DNAが何より人のアイデンティティを表すので、この時代には誰も顔の違いはあまり気にしなくなっているという、すごいアバウトな設定に(ハー、未来ってわからないもんですなあ~)という思いを強くします。

 ディストピア映画なので、ガタカ社は徹底的に管理された環境下にあります。そのため、無駄毛や垢などを不用意に落とさないよう、連日シャワー室にこもり、すごい勢いで体を擦ってから出勤するヴィンセント。でも、どれだけ朝頑張っても、日中に抜ける体毛の量って結構あるんですけどね……。それでも、こんな管理社会で身分を偽る努力のすごさには目を見張る映画です。

©1997 COLUMBIA PICTURES INDUSTRIES, INC. ALL RIGHTS RESERVED.

「遺伝子を題材にした米国のSF映画」と遺伝子産業

 でも、00年代以降は日本でも遺伝子産業は盛んで、なかには「遺伝子を題材にした米国のSF映画」を見て、ビジネスになると思い付き、遺伝子産業に乗り出した会社などもあったようです(もしや『ガタカ』…?)。しかしライバルが増えすぎて、廃業する会社も現れ出し、それらの撤退した会社が持っている、顧客の遺伝子情報が完全に消去されないままなどの問題も浮上しています。

 2025年の万博、他に名乗りをあげているパリなどからすれば、遺伝子婚は即、ナチスの優生政策と結び付けられるでしょう。それを平然とぶち上げてしまう現状に、唖然とするとともに、どうしてこんなことにという薄ら寒さを感じずにいられません。

INFORMATION

『ガタカ』
発売中 Blu-ray ¥2,381(税抜)
発売・販売:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント