アメリカの大統領選挙中、ロシアはヒラリー追い落としのために民主党全国委員会のサーバーをハッキング。大量のメールを盗み出し、告発サイト「ウィキリークス」に送って暴露していた。オバマ大統領は、政権を去る直前、こう断定し、ロシアの外交官を国外に追放しました。
今年三月に行われたオランダの総選挙は、ロシアによるサイバー攻撃を警戒し、票の集計を手作業に切り替えました。
いまやサイバー攻撃によって他国の選挙に介入できる時代になったのです。トランプ大統領がロシアに甘いのは、恩義を感じているからでしょう。
こんなサイバー戦争の時代に、日本は圧倒的に出遅れていると思わざるをえません。それを警告してくれるのが『ゼロデイ』です。ウィンドウズなどのプログラムには脆弱性がつきもの。開発会社は発見次第、脆弱性を修正していますが、見つかっていない欠陥をいち早く見つけて悪用する。これが「ゼロデイ攻撃」です。「修正プログラムが提供される日より前の攻撃」という意味です。
ここには将来予想される悪夢のシナリオも描かれます。対策が急務です。
それにしても、トランプ大統領が誕生したのは、ロシアの支援だけでは説明できません。中央政界から「忘れられた」白人たちが投票したからです。その白人たちは、どんな存在なのか。『ヒルビリー・エレジー』は、彼らを活写します。「ヒルビリー」とは田舎者の蔑称。アメリカ中西部の白人たちがオバマを外国生まれのイスラム教徒と信じ込み、リベラルを死ぬほど嫌っている現実を教えてくれます。彼らはきっと四年後もトランプに投票するでしょう。
アメリカ大統領選挙では、いわゆる「フェイクニュース」も問題になりました。ネットに流れる種々のニュースの中に紛れ込んだウソのニュース。信憑性に欠けていても、信じたいニュースなら信じてしまう。これが「ポスト真実」です。『「ポスト真実」時代のネットニュースの読み方』は、容易ならない時代の到来を告げています。
日本のネットの言論空間では「ネトウヨ」が猛威を振るっています。「教育勅語」を児童に暗唱させる幼稚園が、一時は称揚されるなど、日本社会はどこへ向かうのか。『日本の右傾化』は、そんな日本を考えるきっかけを与えてくれます。
最近の働き方改革の原動力になっているのは、電通の女性社員が過労自殺した事件です。彼女は、どうして追い詰められたのか。電通という会社の社風がよくわかるのが『広告業界という無法地帯へ』です。あまりの理不尽さに笑ってしまうしかないような場面の連続に、面白うて、やがて悲しき、という言葉を思い出してしまいます。大丈夫か?
こんな働き方をなぜしているのか。資本主義だからなのか。『欲望の資本主義』は、資本主義の現実と将来について世界の知性にインタビューしたNHKのBS1スペシャルの書籍化です。「私たちが経験している資本主義の不況も、いわば成功の後の憂鬱のようなもの」とのトーマス・セドラチェクの指摘は示唆的です。
私たちは、世界を経済学で分析することで、何かいいことがあるのでしょうか。少なくとも通説に騙されない論理性は身につくかもしれません。『「原因と結果」の経済学』は、私たちがいかに思い込みに左右されているかを教えてくれます。
現実を知るには、実際にこの目で見ること。でも、観察した事実を裏付ける論理も必要。難民取材を続けてきた私にとっても、『難民を知るための基礎知識』は必読でした。
難しい本が続くと、息抜きも必要。伝説的なスパイ小説作家のジョン・ル・カレの『地下道の鳩』は、著者自らがイギリス情報部にいた事実をはじめ秘話のオンパレードです。
最後は『「週刊文春」編集長の仕事術』。これが文藝春秋ではない出版社から出ているのが凄いです。
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01.『ゼロデイ』 山田敏弘 文藝春秋 1500円+税
02.『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』 J・D・ヴァンス著 関根光宏、山田文訳 光文社 1800円+税
03.『「ポスト真実」時代のネットニュースの読み方』 松林薫 晶文社 1600円+税
04.『徹底検証 日本の右傾化』 塚田穂高 編著 筑摩書房 1800円+税
05.『広告業界という無法地帯へ ダイジョーブか、みんな?』 前田将多 毎日新聞出版 1300円+税
06.『欲望の資本主義 ルールが変わる時』 丸山俊一、NHK「欲望の資本主義」制作班 東洋経済新報社 1500円+税
07.『「原因と結果」の経済学 データから真実を見抜く思考法』 中室牧子、津川友介 ダイヤモンド社 1600円+税
08.『難民を知るための基礎知識 政治と人権の葛藤を越えて』 滝澤三郎、山田満 明石書店 2500円+税
09.『地下道の鳩 ジョン・ル・カレ回想録』 ジョン・ル・カレ著 加賀山卓朗訳 早川書房 2500円+税
10.『「週刊文春」編集長の仕事術』 新谷学 ダイヤモンド社 1400円+税