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子どもの泣き声が聞こえる……

 実際に町を歩いてみると、観光施設の喫茶スペースのようなものを除けば、喫茶店も居酒屋も見当たらない。町の教育委員会の職員は「忘年会はもう10年以上、隣町で開催しています。行くにも車しかないので、毎年交代で酒を飲まない“運転担当”を決めて、山を下っていく」と打ち明ける。

 当然ながら、コンビニも見当たらない。洗剤などちょっとした生活用品は町の直売所で買うことはできるが、食品や日用品の買い物、病院に行くには、車で30分から1時間かけて山を下って、身延町の国道52号まで出る必要がある。町から身延まで走るバスは1日に4本のみで、車のない生活は難しい。

 病院にかかりやすい乳幼児を抱える家庭の生活には、どんな苦労があるのだろうか。

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「息子は気管支が弱くて、小さい頃は1時間以上かけて町の外の病院に通うことも多く、『ああ、嫌だなぁ』と思ったこともありましたね。あの頃は今より道路もずっと悪くて、免許取りたてで走ると冷や汗まみれになるくらい、それは怖かったですよ」

 そう回顧するのは、この町に来て40年という藤本三穂子さん(61)だ。

町で見かけた子ども。もうそろそろ1歳になるという ©文藝春秋

「昔は小学校も中学校もそれぞれ6校もあったのが、今は小学校が2つ、中学校が1つ。最近では、町でベビーカーを見かけると『なんと貴重な!』と思わずはしゃいでしまいます(笑)。私の息子の世代はバスケットボール部がありましたが、いまは人数が少なくて団体競技はできない。バスケ部もなくなったそうです」

 ただ、藤本さんは最近の町の様子に変化を感じるという。

「もちろん空き家が増えて寂しく感じます。でも、集落によっては、外から来た人の方が多くなった地区もあります。そういうところではよく子どもの泣き声がきこえてきて『ああ、昔はこういう感じだったな』と思いますよ」

 赤ちゃんの生まれなかった町に、泣き声が聞こえるようになったのには、町役場が取り組んでいる“秘策”が関係していた。

(後編に続く)