今の日本企業、日本社会にこそ必要な「ダイバーシティ」
先祖からの口伝を体得していた父は、変わった人たちに対して、決してネガティブな接し方をしませんでした。今思うと、職人さんの中には、発達障害っぽい人たちも何人かいました。「あのおじさん、何を話しかけても、アーとかウーしか言わないね」という私に対して、父は「あいつのカンナ掛けのスキルは超一流だ。すごい人なのだぞ」と心からのリスペクトを口にしていました。生まれつきの発達障害である私に対しても、「器用貧乏になるな。一芸を磨けば、必ず道は開ける」と励ましてくれました。
母も、外では「うちの馬鹿息子がいつもご迷惑をおかけしてすみません。ほら、謝りなさい!」と厳しかったのですが、家の中では「お前は可哀想だけど、普通の子にはなれない。すぐに身体が動いてしまうけれど、それは生きる力が心の奥底から溢れているから。それは決して悪いことじゃないよ。一つでいいから、好きなことを見つけなさい。そうすれば、あなたは世の中の役に立つ人になれるよ」と、外とは真逆の言葉をかけてくれました。
ダイバーシティ・マネジメントとカタカナで書くと、いかにも西洋から輸入した舶来品のようですが、実は千年以上も前から日本でも実践され、脈々と受け継がれてきた教えであり、むしろ日本人に合っているスタイルとさえ、私は考えています。こうした考えは、現在、私がダイバーシティ・コンサルタントとして活動する礎となっています。
バブル崩壊後の日本企業はどんどん余裕を失っており、社員が個性を発揮しづらい環境になっています。政治をみても、与野党ともに自党の中の異論は認めずに同一化圧力が強まっているように感じています。社会全体でも「出る杭は打つ」、メディアは「目立つ人を持ち上げては、すぐに飽きて足を引っ張る」ということを繰り返しています。そうした風潮は、子ども社会のいじめを深刻にしている面もあるでしょうし、人材育成や人材活用という点ですごくもったいないことをしている、と私は感じています。今の日本社会にいちばん必要なのは、ダイバーシティ・マネジメントを取り戻すことです。
本書には、両親や先祖からの教えへの感謝の気持ちとともに、いま働く人たち、これから働こうとしている人たちを応援する気持ちをつめ込みました。企業の現場でダイバーシティ・マネジメント、ワークライフマネジメントを実践したい、スキルを習得したいと考えている人たちはもちろん、「何となく生きづらいな」と悩んでいる人たち、「社会はどこかおかしくなっているのではないか」と疑問を感じている人たち、「自分の周囲にいる(かもしれない)困っている人に、どうやって手を差し伸べたらいいか」と考えている人たちに、ぜひ手にとっていただき、一つでも二つでも役立てていただきたいと心から願っています。
渥美由喜
1992年東京大学卒業。みずほ情報総研、富士通総研など複数のシンクタンクに勤務し、現在、ダイバーシティ・コンサルタント。これまでにワークライフバランス・ダイバーシティ先進企業、国内800社、海外150社を訪問ヒアリングし、4000社の財務データを分析。また、実際にワークライフバランスやダイバーシティに取り組む企業の取組推進をサポートし、「ワークライフバランス・ダイバーシティは企業にとって単なるコストではなく、中長期的に返ってくるハイリターン投資である」と確信。プライベートでは2回育児休業を取得し、9歳と5歳の2児を共働きの妻と育てる。5年前から認知症、統合失調症を患う父の介護にも奮闘中。20年前から、週末に地元の公園で「子ども会」活動を継続し、約2000人の子どもたちと出会う。市民の三面性=職業人、家庭人、地域人が座右の銘。