ピカピカの経歴と自由な恋愛観を持つマクロン
彼は会計検査官や投資銀行の副社長格、36歳で経産・産業・デジタル大臣という職歴ゆえ、エリート経済人の側面が強調されるが、じつは高校生の時に全国一斉の「コンクール・ジェネラル」でフランス語の1等を獲るなど、言葉のセンスも折り紙つき。政・経・法より文学志向だったらしく、高等師範学校の入試に2度落ちたものの哲学の学位を修め、パリ政治学院と国立行政学院を出た。中高は地方都市で私立のカトリック校だ。名門校出身というだけでなく、素養や思考のバランス感覚という点でフランス人が信をおきやすい経歴といえる。
ちなみに2007年に結婚した24歳年上の夫人、ブリジットは元高校のフランス語教師で、マクロン15歳の時に彼女の演劇教室で出会った。彼女が銀行マンの前夫との間にもうけた3人の子供も、多かれ少なかれ選挙活動を手伝っている。継父マクロンより統計エンジニアの長男は年上で、高校で同じクラスだった長女は心臓血管外科医、そして弁護士の次女は後援会を運営するほど仲がよい。非のうちどころがないピカピカの経歴に、この「自由な恋愛&家族ぶり」も、マクロンの底知れぬ説得力と愛嬌の源だ。欧米他国のメディアも珍しがってこのカップルを報じているが、フランス人が「自由の試金石」として是認し、世界に対し垂れたがる何かでもある。
5月7日の開票日は始まりに過ぎない
TV討論の最後に、いずれが勝者・敗者と映るかは当然、決選投票のスコアに影響する。だがクライマックスは5月7日の開票ではない。約1か月後の6月11日、18日には下院選挙が控えているのだ。
右派と左派による二大政党時代が終わった今、議会で特定の一党が過半数を占めるのは難しそうだ。4月23日の第一回投票の結果が、6月の下院選挙の得票と議席数比率に完全に反映されるわけではないが、1位のマクロンですら24%、マリーヌ・ル・ペンは21%強、右派のフランソワ・フィヨンと極左のジャン=リュック・メランションがともに20%前後で、左派のブノワ・アモンに至ってはたった6%強。4強というより4小+1弱という拮抗ぶりだ。
フランスの下院選挙は、第一回投票はたいてい弱小候補の足切りで、12.5%以上を獲った候補者たちで第二回投票は争われる。この決選投票から選挙区ごとに1人を選出し577議席を埋めるという、まさしく大統領選の縮小版。焦点はもはや、マクロン率いる政党En Marche!(前進、の意)が下院でどれだけ議席を確保できて、どの程度スムーズに政権運営できるかにかかっている。逆にいえば、経験値のない中道派の新党に、有権者が下院選挙でどれだけ雪崩を打ってくれるか、だ。よしんばEn Marche!が下院で与党となってマクロンが意中の首相を指名できても、法案を通すため過半数を得るのに最低でも他2党との連立を要するようでは、政府として機能しないだろう。
マクロン新政権の恐怖のシナリオ
大統領選以前からマクロンは、元右派のドミニク・ド・ヴィルパンやシラク、左派のマニュエル・ヴァルスら、両派の首相経験者から支持を得ており、その政党En Marche!は政界再編を主導するはずだ。だがもし明日のTV討論で躓いて、第二回投票で事前予測の60% vs 40%よりル・ペンに得票で押し込まれたら、その余勢を駆って国民戦線や右派が下院選挙で息を吹き返すマズいサインとなるだろう。下院選挙の第二回投票でも、つねに反・極右が結成される関係上、国民戦線が議席を伸ばす可能性は低いが、4月23日には極左と極右という両極の得票合計が40%以上もあったのだ。いずれ両極が下院で伸長したら、右派や左派に連立を求めて、生まれたばかりの中道派政権が機能麻痺に陥るという、それこそ恐怖のシナリオが出現する。
当のマクロンは3月末、首相は経験値や能力で選ぶつもりで女性が望ましいとツイートした。有権者の興味をマクロン劇場へ引きつけるための発言かもしれないが、フランスの新体制とEUへの態度がよりはっきりするのは、6月11日と18日の下院選挙、そして首相指名を経て新政府の全容が明らかになるのを待つ必要がある。