小説には小説の、エッセイにはエッセイの生みの苦しみがあるけれど、後者に於いて難しいのは、「正確に書くこと」と「正直に書くこと」が切り離せないつがいの関係にあるせいかもしれない。正確であるには正直である必要がある。が、人はそんなに正直に生きていないし、ましてやそれを文章にするのは至難の業だ。没後二十五年の今も熱烈な愛読者の多い武田百合子の文章が怪物的にタフなのは、その難題に決然と立ちむかう潔さ故だろうか。
武田百合子はよく天衣無縫と形容される。かくものびやかに日常を綴れる人は確かにそうそういない。が、彼女は決して思うがまま自由に筆を走らせていたわけではなかったと思う。三月に刊行された『あの頃』のあとがきで、娘の花さんは「母は雑誌等に書いた随筆を本にする際は、必ず細かく手を入れておりました」と述べている。つまり、あの潔さは勢いによるものではなく、書いては直し、書いては直し、また書いては直してもなお彼女の中に留まり続けた覚悟の産物なのだ。五十二歳で文筆の世界に入った彼女は、一体、いつその厳しさを身に付けたのだろうか。
どこまでも正確で正直たらんとする女性。なのに、正体がつかめない。その怪異さにまた惹かれる。これまで単行本未収録だったエッセイを編んだ『あの頃』も、私に安い発見や親しみを与えはしなかった。まるで『富士日記』の続きを得たような思いで頁を捲りながら、懐かしい面々の登場に喜び、夫・武田泰淳の不在に胸をそわつかせ、残された妻の心中を映す絶妙な表現に唸り、さんざん翻弄された末、結局、何もつかめていない。これほど緻密に日々を記録しながらも、武田百合子は自分のことなど誰にもわかってもらいたくなかったのかもしれない。
〈(本文35頁より)道を歩いていると、夫や私より年長の夫婦らしい二人連れにゆきあう。私はしげしげと二人の全身を眺めまわす。通りすぎてから振り返って、また眺めまわす。羨ましいというのではない。ふしぎなめずらしい生きものをみているようなのだ。〉
書店で目にした『平家物語 犬王の巻』にすぐ手が伸びたのは、「犬王」の文字に引きつけられてのことだ。世阿弥をも凌駕したと言われる能役者、犬王。得意としたのは「天女の舞」。もうこれだけで十分に物語が生まれそうだが、私が予期したその「物語」の枠を超えたところに本書の面白さはあった。平家の没落に因由した奇々怪々なストーリーもさることながら、それを語る文体の力と芸に圧倒される。まさしく琵琶法師の曲のごとく、生きた鼓動をもって躍動する言葉が気持ちいい。呼吸のようにすうすう読める。
〈(本文67頁より)年少である犬王には強(したた)かさがあった。非運は嘲笑(あざわら)えばよいと考えていて、恵まれていないのであれば足りない分を奪(と)ればよいと考えていた。奪れないあいだは歯噛みして、歯噛みして、唸ればよいと目(もく)していた。さながら獣(けだもの)で、友一には学ぶところも多かった。〉
幸い今月は読書に恵まれ、あれもこれも紹介したいのは山々ながら、泣く泣くあと一冊――『おいしいものには理由(わけ)がある』はド真面目な味の担い手たちの信念に迫ったノンフィクションで、良いものは良く作られている、というシンプルな真理が胸を打つ。これまで「良い食材を買う=贅沢」という引け目がどこかにあったが、否、むしろ「=良質の食文化を支える」行為なのだと目から鱗が落ちた。とりわけ一章に登場する豆腐職人と納豆職人の師弟ドラマは感動的で、ぜひ多くの人に読んでもらいたいのみならず、できれば映画化してもらいたいほどだ。
〈(本文43頁より)製造工程を見てみると、材料をきちんと選び、一つ一つの工程を丁寧に積み上げることが味の差に繋がっていることがわかる。神は細部に宿るという有名な言葉があるが、味をつくるのは細かな部分の蓄積だ。
01.『あの頃 単行本未収録エッセイ集』武田百合子 中央公論新社 2800円+税
02.『平家物語 犬王の巻』古川日出男 河出書房新社 1500円+税
03.『おいしいものには理由がある』樋口直哉 角川書店 1500円+税
04.『不機嫌な女たち』K・マンスフィールド 芹澤恵訳 白水社 2400円+税
05.『やめるときも、すこやかなるときも』窪美澄 集英社 1600円+税
06.『神さまたちのいた街で』早見和真 幻冬舎 1500円+税
07.『BUTTER』柚木麻子 新潮社 1600円+税
08.『あたらしい子がきて』岩瀬成子作 上路ナオ子絵 岩崎書店 1300円+税
09.『人生の段階』J・バーンズ 土屋政雄訳 新潮クレスト・ブックス 1600円+税
10.『文部省の研究 「理想の日本人像」を求めた百五十年』辻田真佐憲 文春新書 920円+税