甲子園にこだました鈴木大地の応援歌
あの日の光景が忘れられない。いや、正確にいうと音だろうか。阪神甲子園球場のスタンド全体から千葉ロッテマリーンズの応援歌がこだました。
2014年7月19日、オールスター第2戦。マリーンズからは鈴木大地内野手が監督推薦で唯一、出場していた。この年の球宴でチームから複数選手が選出されなかったのはマリーンズのみ。その悔しさと寂しさを胸に打席に立つ鈴木の気持ちを汲んで、マンモススタンドが後押しをしてくれたのだ。レフトスタンドからマリーンズの応援が始まると、それは内野へと広がった。そしてその波はライトスタンドにも到達。気がつけばタイガースの聖地・甲子園球場全体からマリーンズの応援歌がこだまし、背番号「7」を強く後押しした。鈴木大地は、もう一人ではなかった。暖かいぬくもりを全身で強く感じ、胸を熱くした。
「本当に感激しました。正直、一人で寂しかった。でも、12球団の野球ファンの方と一緒になれた気分でした。ああ、オールスターに出て良かったなあと思いました。最高の瞬間でした」
マリーンズ選手は鈴木一人だったが、ベンチには伊東勤監督の姿があった。前年優勝した楽天イーグルスの星野仙一監督が腰の手術を受けて休養中ということもあり、全パの指揮官としての出場だった。他球団の選手たちがチームメートと一緒に和やかに盛り上がる中で、心細い思いをしている若者に指揮官は何度も話をした。
「一人だけだが、存在感を出そう。マリーンズの素晴らしさとプライドをぶつけよう」
そんな伊東監督もまたベンチでスタンド全体からマリーンズの応援を聞き、ファンがジャンプをする光景を目にして、熱い思いがこみ上げてくるのを感じていた。だから、二ゴロ、右犠飛、空振り三振で迎えた4打席目。ネクストバッターズサークルに向かおうとする鈴木大地を呼び止めた。
「マリーンズの意地を見せてこい! チームで唯一、オールスターに出場している。だから、みんなの代表としてファンに、いいところを見せる必要がある。ホームランを打ってこい。この応援に応えよう。さあ、行ってこい」
力強く背中を叩かれ、送り出された。鈴木は何度もうなずき、深呼吸をした。9-4と5点リードの七回二死二塁。試合の展開を考えれば、これが2014年オールスターゲームでの鈴木の最後の打席。つまりはマリーンズ選手の最後の見せ場であることを意味していた。
ホームランこそならなかったが、中前に綺麗にはじき返し、タイムリーとなった。そしてスタンドからまた一層大きな声援が聞こえた。マリーンズの意地だった。誇らしげに手を掲げ、声援に応えた。ゲームはそこからさらに2点が入り、12-6で勝利をした。