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「必死に高台まで逃げました」ロッテ・佐々木朗希が語った3.11の記憶

文春野球コラム オープン戦2020

2020/03/11

 今年も3月11日が訪れた。ドラフト1位で千葉ロッテマリーンズに入団した佐々木朗希選手はあの日、その瞬間は岩手県陸前高田の小学校にいた。3年生の時だった。

「校庭まで津波が押し寄せてきました。みんなで必死に高台まで逃げたのを覚えています。正直、なにが起きたのか分からなかったけど、その事は今でもはっきりと覚えている」

「普通の毎日がいかに幸せなことだったのかを知りました」

 ZOZOマリンスタジアムでのある日の練習後。ロッカールームで当時の事を佐々木朗希は振り返ってくれた。震災で父と祖父母を失い、日常を失った。避難所で水もなければ、お風呂にも入れない日々を過ごした。幼き心が揺れ動いた。その時、初めて普通の日々のありがたさを知った。

「普通の事が普通でないという事を知りました。ご飯を食べる事、お風呂に入る事、野球をする事。当たり前に思えた事のすべてが当たり前でない事をその時、感じました。普通の毎日がいかに幸せなことだったのかを知りました」

大船渡高校で卒業証書を手に持つ佐々木朗希 ©梶原紀章

 生まれ育った陸前高田の街は一変した。自宅。自転車で1周をした街。山の中に作った秘密基地。思い出のすべてが流され消えた。老人ホームに作られた避難所での日々を余儀なくされた。4年生になると母方の家族のいる岩手県大船渡市への引っ越しをすることになった。生まれ育った場所から離れるのは辛い事だった。