あの宮本慎也が認めるキャプテンシー
先日、これまで見てきたヤクルトの歴史を自分なりに振り返り、『いつも、気づけば神宮に』(集英社)という一冊にまとめた。その際に僕は「ヤクルトは歴史的に緩いチームなのだ」と確信した。しかし、ときおりアットホームな雰囲気に流されずに厳しく律するリーダーが現れたときに、ヤクルトは本来の強さを発揮するのだと考えている。
それが、78年初優勝の立役者である広岡達朗であり、90年代の黄金期を築き上げた野村克也なのだ。そして、この系譜を受け継ぐ次世代の指導者こそ、宮本慎也氏ではないかと僕は考えている。その宮本さんが武内のことを「彼は決して自分本位ではなく、チームの勝利のために行動できる男」と絶賛しているのだ。
宮本氏には何度かインタビューをしたことがあるのだが、常に「彼はここが問題だ」「彼にはこの意識が足りない」と後輩選手たちに厳しい言葉を投げかけていた。後輩にとっては、とってもうっとうしい先輩であっただろう。けれども、それこそがヤクルトにかけている「厳しさ」なのだと僕は思うのだ。
しかし、宮本氏は武内に関しては手放しで絶賛している。11年当時のインタビュー記事からの発言を紹介したい。自らの後継者に武内を指名したことについて振り返る場面だ。
「ほかに誰がいますか? しっかりしていますよ。まともな行動をするので。彼は自分本位ではない。自分優先の人は、チームリーダーに向かないですから。よく周りが見えていますし、チームが勝つためにできる男。来年からは選手会長をさせようと思っているんですよ。(中略)選手会長としては若い、という声もあるかもしれませんが、異議を唱える人は誰もいないと思いますよ」(週刊ベースボール/11年4月4日号)
大絶賛ではないか! かつて、青木宣親や田中浩康について苦言を呈していた宮本氏。僕は内心で、「ひょっとして早稲田嫌いなのかな?」と誤解していた自分が恥ずかしい。
さて、今季の武内はここまで48試合に出場して、89打席となっている(79打数17安打、打率・215/8月7日現在)。今年も「350打席」はムリだろう。いや、今の武内はかつての武内ではない。プロ12年目も半分を過ぎ、すでに33歳となっているのだ。もはや「期待のホープ」でもなければ、「将来の主軸候補」でもない。むしろ、「不良債権」「リストラ候補の筆頭」と言われてもおかしくない時期にある。
……あぁ、武内、武内、武内。その名前を心の中で叫べば叫ぶほど、胸が押し潰されそうな切なさが襲いかかってくる。かつて宮本慎也氏が絶賛したキャプテンシーは今も健在なのだろうか? 打撃に関しては、年々緩やかに飛距離も確実性も衰えているように感じられる。でも、少なくともファースト守備は今も華麗で美しい。ここ最近の僕は、一塁を守る背番号《8》を見に行くために神宮球場に通っている気がする。
それでも、なかなか出番はない。背番号《8》を見ることなく、とぼとぼと帰宅する日々が続いている。一体、あと何回、ユニフォーム姿の武内晋一を、この目で見ることができるのだろう? あぁ、またまた胸が苦しくなってくる。
僕は焼酎のお代わりを頼む。「武内晋一&350打席」は、もはや幻影にしか過ぎない。いくら噛んでも、何の味もしやしない。今の僕には「武内晋一&ファーストミット」こそ、酒の肴なのだ。苦く切ない、酒のアテなのだ。これまで、数多くの野球選手に取材をしてきた。けれども、今の武内にインタビューする自信はない。胸が詰まって、何も話せなくなりそうだからだ。いや、そもそも今の彼に何を聞けばいいというのか……。
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