忘れられないスタジアムの“珍客”
スタジアムに珍客が訪れることは珍しくない。バッタはよく来るし、夜になるとコウモリが舞っていることもある。トンボが選手の帽子から離れなかったこともあった。ちなみにシーズン終盤にトンボが選手の肩に止まるとその選手はクビになるというジンクスが古い時代のマリーンズにはあった。私が、てんとう虫を試合前、見つけて当時、マリーンズに在籍をしていたベニー・アグバヤニ外野手に見せると「てんとう虫は幸せを運ぶんだ。だから、きょうはラッキーだ。勝つよ」とニヤリと笑い、試合に勝利したことも、いい思い出だ。
そんな様々な珍客が来た中で忘れられない光景がある。あれは2013年8月16日のバファローズ戦の八回。マウンドにいた当時、ルーキーの松永昂大投手が1アウトを取った後、一塁側ベンチに戻ってきた。誰もがアクシデント発生かと、心配した。よく見ると左手の指を押さえているように見えた。爪でも割れたか。最悪の事態すら想定したが、実はまったく違った。
「小さなクワガタムシがいた。マウンドのプレートの辺りにね。危ないから、移動させないといけないなあと思って、1アウトを取ったタイミングで捕まえました」
3番手として八回からマウンドに登った瞬間から、クワガタムシの存在を発見していた。全長3センチ程度の小さな小さなクワガタムシ。プレート付近にいたのでとりあえず、その場でそっと移動させた。投球練習をして、打者相手に1球目を投げ終わった。マウンドに戻ると、またマウンド付近にどかしたはずのクワガタムシの姿が見えた。
「ああ、これはまいったなあと思いましたね。野球が好きだったのかなあ。危ないけど、とりあえず1アウトを取って、プレーが止まったタイミングでどこかに戻してあげようと思いました。それまでは大人しくしておいてくれよって願いました」
また、ちょっとだけ横にそっと場所を移動させて、ピッチングに集中した。クワガタムシを踏まないように気を付けながら1アウトを取ると慣れた手つきでひょいと掴むと、一塁側ベンチにいたボールボーイに渡した。
「何度も何度もプレートの方へと戻ってきましたね」