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「やっぱり自然にいるのが一番いいだろうな」

 僅差のリードを保って迎えた緊迫した八回の場面である。ピリピリした状態の中で迎えたその状況。一般論でいうとピッチャーの多くはリズムが崩れるのを嫌がり小さなクワガタムシを意識することはない。というより気が付く事すらないと私は思う。しかし、まだ一年目だった松永はクワガタムシが目に入り、どうしても気になった。なんとか助けてあげたいと思った。だから、まずは自分がピッチングで踏むことはないような安全な場所に移動させてその後、速やかに1アウトを取った。そしてタイムを取り、グラウンド外に逃がしてあげた。その後もなにもなかったかのようにまたマウンドに戻り、飄々と打者を抑え、この回を無失点で終えた。そのなんとも言えない小さな優しさを私は今も忘れない。

 あれから4年が経った。この日のマリンでのナイターは夜空にコウモリが飛んでいた。緊迫した試合の中、たった一羽、自由に飛び回っていた。それを見て、あの日の記憶がふと沸き上がった。そして、どうしても紹介したくなった。

「子供のころを思い出しましたね。香川の実家の近くにはカブトムシとかクワガタムシが沢山いた。小学生の時はよくピンセットとライトを持って取りに行きましたよ。ゼリーをあげて、飼っていた時期もありました。でも、その時も最後は逃がしていたかな。なんとなく可哀想だから。やっぱり自然にいるのが一番いいだろうなって思ってしまう」

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 虫を労わる優しい心を持つ左腕は今年も安定感抜群のセットアッパーとしてチームには欠かせない存在である。ちなみに当時、松永に救われたクワガタムシはコクワガタムシという種類だった。数日、球場で飼われ、近くの雑木林に逃がされた。その後はどうなったかは知らない。だが、松永のやさしさに包まれて、とても幸せな日々を過ごしたのではないかと思っている。

梶原紀章(千葉ロッテマリーンズ広報)

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