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球団オウンドメディアの元祖「ホークスオフィシャルメディア」をともに作った大切な仲間のこと

文春野球コラム ペナントレース2020

2020/06/19
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球団からも大好評 ファーム中継を始めたきっかけは

 今のプロ野球界では当たり前のファンサービスを「ホークスオフィシャルメディア」はいくつも作り上げた。

 代表例の一つ。5月下旬にホークスは5試合の紅白戦を行ったが、プレーボールから試合終了までTwitterライブですべての試合が生配信された。「待ちに待ったホークス戦だ」「やっと野球の試合が見られる」という喜びの声をSNS上でたくさん見かけた。

 ただ、普段のテレビで見る中継に比べれば物足りなかっただろう。事情をばらすが、使用したカメラはバックスクリーン横、ネット裏に各1台と内野席2台のみ。ちなみにネット裏は「ワイプ」でカウント表示を映し出すための無人カメラで、内野席のうち1台もホームインを確認するための無人だった。そして、スイッチングする役割でもう1人。つまり合計3名のスタッフでプロ野球の生中継を行っていたというわけだ。

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 過去の野球中継の常識を覆したこのスタイルを編み出したのは先述の映像ディレクターだ。きっかけは2013年。当時の秋山幸二監督から一軍での故障者など有事に備えてファームの情報も把握したいと要望されたのが始まりだった。もちろんファーム首脳陣から日々報告は来るし、映像もあったのだが、より質の高い映像を求められた。当時の球団担当者が「ならば、ファンサービスも兼ねて」とネット生配信を行うのを決断。しかし、多くの予算はとれない。そこでディレクターが知恵を振り絞り、いつも汗まみれになって超コンパクト野球中継を作り上げたのだった(雁の巣中継は内野席1台で計3台のカメラだった)。

 そんな体制でプロ野球中継なんてできるのか――初めは懐疑的だったが、やっていくと秋山監督をはじめ球団から大好評。いつしか選手からも「あとで見たいけど、どうすれば」と声が届くようになった。もちろんファンは、まさかファームの中継が頻繁に見られるなんて以前は考えもしなかったから大喜びだ。たしかにコンパクトではあったが、手掛けたのはプロフェッショナルな集団だ。みんなが幸せになった雁の巣中継だった。

 その方式が広まったことで、気づけばファームの試合もネット中継されるのが当たり前の時代になった。過去の非常識を球界の常識に変えたのだ。ホークスとディレクターのおかげだぞ、と勝手に誇らしく思っている。

自粛が明けたら再始動、と思っていた矢先に……

 じつは筆者は今年4月にもオフィシャルメディアの変遷をたどるコラムを書いた。その際に自分のFacebookに告知をすると、先のディレクターからコメントがきた。

「熱い想いで立ち上がったオフィシャルメディアに参加出来て感謝しています。このコラムは30代からの自分の仕事をまとめて貰ったようで、とても嬉しかったです」

 約15年ずっと共に歩み、一緒に苦労をしながら道を作ってきた大切な仲間。筆者より5つ年上で兄貴的存在。あまり前に出るタイプではなかった。大勢でワイワイやるのも好んではいたが、2人で静かにメシを食うことも多かった。札幌、仙台、東京、大阪、名古屋、宮崎……いろんな場所で美味しいものを食べた。夜遊びはせず、2件目に行く店は「蝶ネクタイの似合う気品のいい年配のマスターがいるバー」などだった。お洒落な大人の飲み方を僕はその人から教わった。仕事の話が多かったが、お互いに家族を持つと子供の話題が急激に増えた。

 我々の青春ですねと冗談っぽく返信をすると、「各所とのやりとりが懐かしいです。まだまだ熱くやっていきましょう!」とすぐに返ってきた。

 自粛が明けたら再始動だな。そう思っていた。なのに、6月5日、その人は他界した。2年前から闘病をしていたらしい。体調が悪いことはなんとなく分かっていたけど、まさかこんなことになるなんて予測してなかった。周りのごくわずかの人には病名を伝えていたそうだが、僕は知らなかった。

 今年の2月のキャンプも本人は最後になるかもしれないと、一部に漏らしていたそうだ。一緒に食事も行った。でも、当たり前のことすぎて、大好きな酒を控えて炭酸水を飲んでいたくらいしか記憶がない。ただ、思うのは、隠していた本人が一番つらかったと思う。気を遣ってくれたのか、僕が遣わせてしまったのか。今となっては分からない。

 プロ野球開幕というめでたい日に、しんみりさせて申し訳ありません。だけど、今、たとえ球場に行けなくてもプロ野球を楽しめるのは、熱い想いをもって、その仕事にやりがいをもって、そしてプロ野球とホークスに愛情をもって取り組んだパイオニアがいたから。控えめな人だったので、敢えて名前は出さない。だけど、そのような人がいたことを知っておいてほしかった。

 野球を通じてたくさんの人を笑顔にする誇らしい仕事を、まだまだ熱くやっていきますね。ゆっくり休まれながら、時々見守っていてください。

 ありがとうございました。合掌。

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