40代半ばになってから「好きなものを書こう」と
――犬が登場する小説を書き始めたのは軽井沢に移られてからだと思いますが、その頃、どういう気持ちの変化があったのでしょうか。
馳 たぶん、ある程度歳を取ったからだと思います。30代の頃は「俺はノワールしか書かないんだ」と。「これからもずっと書き続けていくんだ」と意固地になっていたけれど、40半ばになってから、「本も売れてないし、好きなものを好きなように書けばいいんじゃないの?」という気持ちに変わったのね。それが大きいと思います。
――ノワールにこだわっていたのはどうしてでしょうか。
馳 他に書く人がいないから。僕が『不夜城』でデビューしてから、ノワールブームみたいなものがちょっと起きたんだけど、みんな表面をさらっとなでているだけで、本当にノワールと向き合う作家はほとんどいなかった。なので、「だったら俺が書き続けてやる」という感じはあったと思う。
でも、作家生活も10年15年20年やって、同じことをずっと続けていると飽きてくるんです。せっかく小説家になったんだし、同じことを続けていても意味がないから、いろんなことをやってみたほうが楽しいだろうな、と。
犬について書こうと思ったきっかけは「ペットブーム」
――ノワールにしても新宿に限らずいろんな舞台、切り口で書かれていますし、他にも山岳小説だったり歴史小説だったり幅広く書かれていますよね。そのなかで、『ソウルメイト』や『雨降る森の犬』などを発表されてきたのは、犬の小説も書きたい気持ちが芽生えた、ということですか。
馳 代は替わっているけれど、もう25年以上犬と暮らしているわけだから。最初に犬のことを書こうと思ったのは、ペットブームでものすごい数の犬が日本でも飼われるようになったけれど、どうもろくな飼い主がいないと感じたから。途中で飽きちゃったから捨てるとかいう人たちもいっぱいいる。
それに、街中でキャンキャン吠えている犬がいるけれど、あれは犬が悪いんじゃなくて、飼い主が悪いんですよ。なので、口幅ったいけれど、啓蒙したいという意味もあった。正しく犬と暮らすにはどうしたらいいのかというのを伝えていきたいというのがありました。
――馳さんは犬を厳しくしつけるほうですか?
馳 はい。ただし、あんまり厳しくしなくても、犬っていうのは群れで暮らす生き物なので、人間がボスとして振る舞っていれば、そんなに厳しく言わなくてもちゃんと従うんですよ。僕は普通に振る舞っているだけですが、どうも犬にとってはボスとしてちゃんとしているらしく、言うことを聞いてくれる。だから、しつけ教室っていうのは、犬じゃなくて人間が行くべきだと思ってるのね。人間が「犬にはこうやって接する」って学ぶべきだと思うんだけど。
まあ、どちらにしろ自分は、一番最初の犬だけは、はじめて飼うし、大型犬だし、かなり厳しくしつけたけれど、そんなことしなくても言うことを聞いてくれると分かったので、2代目からはそんなに厳しくしているわけではないです。
でも、溺愛しちゃうと駄目なんですよ。犬が自分のほうがボスだと勘違いしちゃうので。やっぱりうまい具合に距離を作ってあげるのがいいんです。もちろんかわいがる時はかわいがるけれど、そうじゃない時はきちんとして、メリハリをつけてます。