文春オンライン

「ノワール」から「犬」を書くまで 新直木賞作家・馳星周さんが語った「40代半ばで起きた心境の変化」

2020/07/17

人生が好転するとは限らないけど、人は犬に救われる

――行く先々で多聞が出会う人たちがいろいろな事情を抱えていて、それぞれ生活の中であがいている。それぞれ人生模様が短篇ごとに凝縮されていますね。 

 書きながら考えていきました。一部は犯罪に関わっている人間だし、たとえば「夫婦と犬」なんかは、絶対にこういう駄目夫っているよな、と思いながら書いてたりしたし。こういう物語にしたい、というのが最初にあって、そこにふさわしい人物像を作り上げていく感じでした。 

――多聞との出会いによって、全員の人生が好転するとは限らないけれども、それぞれ魂の部分で救われていくように感じました。 

ADVERTISEMENT

 そうです、そうです。人は犬に救われるということを書きたくて書いていました。犬との出会いによって実人生が軌道に乗るとかそういうことではなく、魂が救われるということが書きたかったと思いますよ。 

 

犬は「無償の愛の実践者」

――多聞という存在が、ものすごく神聖なものに感じました。作中でも昨日の会見でも、「神様が遣わしてくれた生き物」というような言葉がありましたね。 

 そういうふうに書いたからね。多聞じゃなくても、ありとあらゆる犬は、無償の愛の実践者だと思っています。これをするからこの人が好き、とかいうことじゃなくて、犬は本当に家族を純粋に愛してくれる。人間にはそれはなかなかできない。僕も25年犬と暮らしていて、犬のように愛したいけれど、やっぱり人間はどうしても打算が入っちゃってそれができない。

 別にキリスト教とか仏教の神様じゃないけれど、無償の愛というのはやっぱり神の領域だろうなと思っているので、それを実践してくれる犬は、神様から遣わされたんだなと思えるし、あいつらの愛はそれほど尊いと思っています。

――それは犬に限ったことですか、動物全般ですか。 

 動物全般なんだけど、やっぱり犬は人間と同じで社会的動物なので。群れ、家族で行動するという点で人間との生活にフィットしている生き物だと思うのね。大昔、何万年も前に、人なつっこい狼が人の群れに近づいて、人も狼が一緒にいると他の動物に襲われる可能性が低くなるということで一緒に暮らし始めたという、長い長い歴史があるし。人間に寄り添うということで言うと、僕にとって犬は特別かな。 

――ご自身も、飼っている2頭に寄り添われているという感覚がありますか。 

 あります、あります。どんな時でもそばにいてくれるし。何かに腹を立てている時とかなんか、すーっと来て身体をくっつけて座ってくれたりします。そうすると「お前たちに変な気を移しちゃってごめんね」という感じになります(笑)。 

馳星周さんと愛犬のアイセ(おす/9歳)とマイテ(めす/5歳)©文藝春秋

馬や競馬も好き

――ところで、昨日は周囲の方を「競馬のGIレースに勝ったかのように喜んでくれている」と表現されていましたが、馳さんは馬や競馬もお好きですよね。 

 好きです。今、『小説すばる』で浦河と浦河の馬産をテーマにした小説を書いています(「黄金旅程」)。サラブレッドの生産の話です。 

――今後、ノワールも、犬も、それ以外のテーマも、書かれていくわけですね。 

 書きます。なんでも書きます。 

【第163回 直木賞受賞作】少年と犬

馳星周

文藝春秋

2020年5月15日 発売

「ノワール」から「犬」を書くまで 新直木賞作家・馳星周さんが語った「40代半ばで起きた心境の変化」

X(旧Twitter)をフォローして最新記事をいち早く読もう

文春オンラインをフォロー