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「ノワール」から「犬」を書くまで 新直木賞作家・馳星周さんが語った「40代半ばで起きた心境の変化」

2020/07/17
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犬を擬人化することは、したくない

――小説に犬を登場させる時に、犬のキャラクターは考えますか? 

 考えますけれど、犬は犬なので、基本的に犬を擬人化させて出すのはやめようと思っています。僕も20年以上犬と一緒に暮らしているけれど、犬が何を考えているのかは分からない。だから、人の目を通して犬を描くように気をつけています。あと、犬っていうのは同じ犬種でも性格は千差万別なので、そのへんはいろいろ考えながら書いています。 

――受賞作の『少年と犬』に登場する多聞という犬は、とても賢いですね。 

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馳 約5年間をかけて仙台から熊本まで移動するわけだから、賢くて強くないと生きていけないだろうな、と。そういうところから考えて肉付けしていきました。 

馳星周さん(左)と聞き手の瀧井朝世さん(右)  ©文藝春秋

――本作は、東日本大震災で飼い主とはぐれたらしき犬が、東北から西へ、日本国内を旅しながらさまざまな人と関わっていく姿を描いた連作です。最後の表題作で、犬がなぜ西を目指していたのか分かりますが、雑誌連載時はこの最後の短篇を先に発表されたそうですね。 

 編集者から「短編の連作をお願いしたい」と言われて始めたんだけど、最初は深く考えていないんです。とりあえず一篇書いちゃって、そこから話を広げていけばいいや、くらいの軽い気持ちで書いて。で、本にまとめる時に、これを一番最後にもってきたほうが物語に深みが出るなと思ったのでそうしただけ。言い方は悪いんだけれど、小説誌に書いている時はあんまり深く考えていないんです(笑)。 

 普段は短篇でも長篇でも始まりから終わりに向かって書いていくので、今回、始まりに戻って書いていくというのは、結構面白かったですね。 

書き続けていきたい、東日本大震災のこと

――そうでしたか。時系列で読んだ読者としては、多聞がなぜ西を目指しているのか、その謎が最終話で分かって胸に迫るものがありました。出発点が東日本大震災後の仙台というのは、やはり被災地を書こうという思いがあったからですか。 

 そうです。東日本大震災のことはこれからも折に触れて書いていくと思います。日本にとってものすごい災害であると同時に、原発事故を含めて、今の日本人の愚かさが起こした災害でもあるのかなと思っているので。10年経って、被災地以外の人たちはもうなかった感じになっているけれど、それはあかんだろうとも思っています。 

©文藝春秋

――あの震災で飼い主を亡くした犬もたくさんいただろう、と改めて思いました。多聞は仙台から九州へと向かっていきますが、そのルートはどのように考えられたのですか。 

 太平洋側から行くか日本海側から行くかの選択があったけれど、太平洋側は大都市が多いから、野良犬として捕獲される可能性もあるなと思って。日本海側の山の間を縫っていけば、人知れず先に進めるなと考えました。