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男前女社長・川崎貴子 VS AV監督・二村ヒトシ 春画を見て江戸時代のおおらかさを学ぼう【後編】

セックスなんて、生き物としての普通の営み

 

二村 これまで日本では春画の本格的な展覧会は開かれていなかったけど、ロンドンで開催された春画展が大好評だったから、先日から日本初の春画展が開催されて(東京・文京区「永青文庫」にて2015年12月23日まで)、連日混み合うほどの人気になっている。こういう状況を見ると日本人は外圧に弱いなあと、あらためて思うんですが、どういう形であっても多くの人が春画を見るのはとてもいいことですよね。江戸時代の一般庶民にとって、夜這いや不倫などは当たり前で、したい人とセックスをしていたわけで、性に対して開放的というか非常におおらかだったということが春画を通して改めてわかるから。日本人は昔からちんことまんこをでかく描いてたんだ、エロいことが大好きだったんだ、と再確認するのはいいことだと思います(笑)。

川崎 私も今回、セックスは普通の営みなんだなとすごく感じましたね。春画に描かれている人たちがおおらかにまぐわっているのって、見ていてとてもいいなあと思ったんですよね。

 私はずっと、若い女性の「婚活」相談に乗っているんですが、今の日本社会には、セックスは恋愛の証だからセックスをしたら付き合うべきとか、夫婦なら絶対にセックスしなきゃいけないといった、セックスを人間関係の呪縛と感じて苦しんでいる人が多いんですよね。だから、面倒くさくなって、セックスをやらなくなっている女性がたくさんいますよね。

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 その一方、承認欲求ですり減らすくらいセックスをしてしまう人もいるんですが、どちらにしても、現代の女性はセックスを特別重いものとして認識しています。でも春画を見ると、セックスなんて特別なことではなく、生き物として普通の営みなんだから、そんなに重く考える必要はないことがわかる。そうすれば、気持ちが楽になるかもしれないじゃないですか。

どれも表情がいきいきとして、おおらか

二村 先日、社会学者の宮台真司さんと対談をしたんですが、彼の見解では、エロさに関する情報量は昔よりも今の方が確実にものすごく増えている、でもそれがゆえにセックスそのものの深さがなくなっているというんです。つまり、性の解放によってセックスをやってもいいんだという意識が広まったことで、エロさに対するタブー感がなくなっている一方で、川崎さんが言うように、セックスというものをすごく重くとらえて、自分が設定したモラルや承認欲求や恋愛の担保として認識している。それがゆえにセックスをすることが億劫になってしまっている人もすごく増えている。セックスなんてただの気持ちのいいことなのにね。