あの人は鈍感だと聞くと、あまりイメージは良くない。気が利かない? 空気が読めない? でも、そこに「力」を付けてみるとどうだろう。
あの人には鈍感力がある。
目先の細かいことを気にせず、先を見てしなやかに生きる人を思う。情報が多すぎるいまの世の中、油断していると聞きたくないことも聞こえてくる。周りを気にしすぎると人は簡単に自分を見失う。鈍感力は現代ではある程度は必要な能力らしい。勝負の世界でもそれは同様のようだ。
「あのポジションは優れた鈍感力の持ち主がやるものです」
そのことを最初に私に話してくれたのは現役時代の建山義紀投手だった。
2008年のオフ、マイケル中村投手がジャイアンツにトレードで移籍した。日本一になった年からクローザーだった彼の穴を来季は誰が埋めるのかと何かと話題だった頃。当時リリーフを務めていた建山投手に私は「立候補しないんですか?」と尋ねた。答えは「あのポジションは優れた鈍感力の持ち主がやるものです」だった。
つまりこういう話。スポーツ選手に大事なことは切り替えで、ひとつの失敗をしたら出来るだけ早く気持ちを次に向かわせる必要がある、その力が秀でていないと特にクローザーはしんどい。「どんなに優れたクローザーもシーズンに何度かは失敗があるもので、そして、僕にはそれほどの鈍感力はないですよ」と笑顔のシメ。
この話に大いに納得させられた私は、その次に、当時セットアッパーだった武田久投手に尋ねた。「久さんは鈍感力の持ち主ですか?」と。「なにその質問?」と笑った後に続いた言葉は、これまた私を納得させた。
「あんまりそんなことは考えたことないですけど、スキは見せない気持ちでマウンドには行きますね。だからたとえ失敗しても、それはその時点での一番の自分だから仕方ない、次を向くしかない」
完璧な準備をしているからこその自信あふれる言葉だった。その翌年から5年間、武田久投手はファイターズの絶対的な守護神となるのだ。
これはファイターズを退団してから聞いた話だけれど、武田久投手は現役時代はスキを見せないためにとマスコミに話す言葉もコントロールしていたという。「何か話せばそれは相手チームも読んだり聞いたりするわけで、どこからほころびが出るかわからない」と。
確かに現役時代、試合前は特に話しかけることが憚られる雰囲気だったと思う。なかなか取材しづらくてと他の人から聞くこともあった。でもそこには信念があったということ、グラウンドに来てからの全てをマウンドでの時間に向けていたということだ。
久投手の後にその席に座った増井浩俊投手はチームの意向で2016年に一度は先発に転向して2桁勝利を挙げても、本人の希望でまたクローザーに戻り、更にその場所を求めてオリックス・バファローズにFA移籍していった。