俳優の伊勢谷友介(44歳)が、9月8日、大麻取締法違反の容疑で警視庁に逮捕された。実業家として社会貢献活動にも力を入れていただけに、驚いた人も少なくないだろう。

伊勢谷友介 ©AFLO

「超一級」のプレイボーイぶりは父親の影響?

 伊勢谷といえば、去る7月21日に亡くなったファッションデザイナーの山本寛斎(享年76)は、彼の異母兄にあたる。文春オンラインでは逮捕を受けて、伊勢谷の女性関係をめぐる記事が再掲されたが、それを読んでいたら、かつて兄弟そろってテレビに出演した際、寛斎が伊勢谷のプレイボーイぶりを「超一級」と鋭く斬り込んでいたことを思い出した。

 2人は兄弟とはいえ、ずっと離れて暮らしており、初めて会ったのは伊勢谷が大学に入ったころだった。その後、寛斎のプロデュースするイベントに伊勢谷がモデルとして参加するなどかかわりはあったが、テレビで共演したのはいまから8年前、CBC・TBS系で放送された『アシタスイッチ』(2012年10月7日放送分)という番組が初めてだった。兄・寛斎が先述のように弟の伊勢谷に斬り込んだのはこのときで、さらに伊勢谷が恋愛を繰り返すのは、父親の影響があるのではないかと指摘した。兄弟の父親もまた、寛斎に言わせると女性にロマンを求め続けた人だったからだ。寛斎は7歳のときに両親が離婚して以来、女性を追う父に従って各地を転々とし、小学校高学年のときに父方の祖母のいた岐阜に落ち着くまで、12回も転校を繰り返している。

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山本寛斎 2008年撮影 ©文藝春秋

 伊勢谷も幼いころに両親が離婚し、母の手ひとつで育てられた。寛斎は番組中、伊勢谷はそうした生い立ちゆえ、《無意識のうちに自分の女性のイメージが、母と重なるのではないか》と本人に訊ねている。これに対して伊勢谷は《付き合う女性に母を求めている気はない》と否定しつつ、30歳をすぎ、自分の抱える問題の根本は、「父からの何か」にあるのではないかと思い始めたとき、初めて父親の墓参りをしたと明かした(※1)。きっかけは、母から父は他人に望まれることをあまりしてこなかったと聞き、興味を持ったことだ。彼はこのとき、父親から自分が何か悪い部分を受け継いでいるとすれば、父の生き方に向き合うことで、そうなってはいけない、ならないようにしたいと覚悟を決めたという。

 寛斎もまた父を反面教師にして生きてきたと、折に触れて語っている。ただ、一方で、父親が幼少の頃、まっとうな愛情を注がれて育ったなら、もっとうまく生きられたような気がするとも述べていた(※1)。彼の見たところ、父はきわめてわがままに育てられ、どちらかというと性格的に難があったという。その原因には、父の母親(寛斎と伊勢谷の祖母)が後妻で、嫁ぎ先の山本家も封建的な環境ゆえ、自分の子供にも手出しできなかったという事情もあるらしい。ちなみに寛斎が父から聞いたところによれば、伊勢谷友介の名前の「友」は、祖母の名である「友子」から1字取ったものだという(※2)。