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2020/10/06

ひとりで泣いていた野球小僧が、立派な戦力に

 時計の針は進んで、2020年8月7日。羽月は、2軍戦打率.327が認められ、初めて1軍に昇格した。「やるしかない」。前夜は緊張で眠れていない。相手先発は、左打者を苦手とする阪神・青柳とあって、昇格即日で「2番・二塁」での初出場初先発が決まった。

 当時、西川は1番に固定されており、「8番・右翼」には野間が起用された。この日、野間は今季初先発だった。宮崎・日南でともに打撃練習を繰り返していた3人が先発メンバーにそろったのだ。

 デビュー戦で羽月は堂々と主役になった。2回1死一、三塁で、一塁線に転がしたセーフティースクイズが適時内野安打となり、プロ初安打初打点を挙げた。そして、2点差に迫られた5回2死一、二塁。小川のチェンジアップを最後は片手一本で拾うと、前進守備の右翼・福留のグラブをわずかに超える適時三塁打となった。

 プロ初長打によって2点が入った。生還したのは、野間と西川だった。2人は本塁ベース付近で手を合わせて喜んだ。秋の特訓を思い起こしたことだろう。ひとりで泣いていた野球小僧が、立派な戦力になったのだ。

 試合後、羽月はヒーローインタビューに立っていた。緊張でマイクを握る手も声も震えた。「自分がマツダスタジアムで試合をして、この場に立っていることが考えられなくて……」。怒濤(どとう)のように過ぎた昇格初日。本人も気付かないうちに、先輩への恩返しをかなえていた。

 ドラマのようなハッピーエンドでは終わらなかった。8月下旬に西川が故障で離脱すると、羽月と野間も2軍での再調整を告げられて、3人が同時に1軍から姿を消した時期もあった。野間は打撃を修正してすぐに1軍に戻り、今季中の復帰を目指す西川は、地道にリハビリを続けている。そして、羽月も2軍で3割超の打率を残し続けて再昇格のときを待っている。昇格初日の恩返しは、これから長く続く物語の序章。まだ途中である。

河合洋介(スポーツニッポン)

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