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「ステージ判断は我々の仕事ではない」としつつ

 大阪府と北海道の知事はそれでも厳しい対策に踏み出した。まともな知事ならきちんと判断してくれると思ったかどうかはわからないが、結局、分科会は平井が提案した『サルでもわかる資料』を公表はしなかった。

 一方で分科会長の尾身は、記者からステージ3該当地域はどこかと問われると、「ステージ判断は我々の仕事ではない」としつつ、言葉を慎重に選びながら東京23区を含めた4地区を挙げた。平井の提案を意識した発言だったに違いない。

 とはいえ、「紙」のあるなしで記者たちの情報価値の判断も変わってくる。「東京都・ステージ3」が翌日の全国紙の見出しになることはなかった。

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 ここで国や分科会が「東京都・ステージ3」をくっきりと見える化していれば12月はずいぶん違ったかもしれない――それが、平井のいう「別のシナリオ」である。

 浮き彫りになったのは、知事に「総合的に判断」させる仕組みのあやうさだ。選挙によって直接住民から選ばれる知事に判定を任せると今後も同じ轍を踏む可能性はある。

東北大学大学院教授の押谷仁氏

遅れの遠因を作ったのは、そもそも現首相の菅を含む政府

 なぜ「総合的な判断」が知事に任されることになったのか。そのいきさつについては菅政権発足前後の政府内の内幕を描いた読売新聞政治部の『喧嘩の流儀――菅義偉、知られざる履歴書』(20年12月刊)に興味深い記述がある。

 昨年7月末から8月にかけて「6つの指標」を作成するにあたっての裏話だ。

「指標づくりは西村(康稔経済再生担当相)が持ちかけ、尾身も快諾した。(略)話を聞いた今井(尚哉首相秘書官〔当時〕)は『総理の選択肢の幅を狭める』と真っ向から反対した。数値に縛られれば、政治判断の余地を失うことを恐れた。菅(義偉官房長官〔当時〕)も指標には冷ややかで、『見ているのは重症者とベッドの数』と素っ気なかった」

「西村は指標に幅を持たせることで、官邸の了承を何とか取り付けた」

 西村の「根回し不足」の逸話として書かれているが、結局、政府に裁量の余地を残すために、幅を持たせることで決着した。

 このため客観指標は「あくまで目安」と強調した上で、国や都道府県が「総合的に判断する」ことになった。これが「知事が総合的に判断する」の元になる。客観指標で判定することを避け、今回の遅れの遠因を作ったのは、そもそも現首相の菅を含む政府だった。

 客観指標をこしらえたのは尾身をはじめとした専門家たちだが、それに基づいた判定は、「政治判断の領分」として専門家から切り離された。

北海道大学大学院教授の西浦博氏

 平井の提案に乗る道はあった一方で、「自分たち科学者の任務は助言で、判断するのは政治」という線引きに忠実であろうとした節も窺える。責任を負うことができるのはあくまで国民に選ばれた者、専門家ではない、と。

 そこに尾身をはじめとした専門家たちの葛藤も浮かびあがってくる。

 2度目の緊急事態宣言に至るプロセスは、「文藝春秋」3月号に「『尾身会長VS政府』苦悩する科学者たち」と題したルポルタージュにまとめた。解除後も続く重大局面の伏線を記したつもりだ。

(文中敬称略)

文藝春秋

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