政府への根回しはできていた
記者会見5日前の1月22日、中川会長は河野行革相と面談して「個別接種」を申し合わせているという。政府への根回しはできていたのだ。そして会見2日後の29日、それまで大量の小分け移送に後ろ向きだった厚労省が、突然、動き出す。個別接種を中心とした「練馬区モデル」を「先進的な取組事例」として自治体に紹介したのだ。いわば個別接種を奨励したに等しい。
それを知った自治体から、医薬品卸に問い合わせが殺到した。医薬品卸とは、実は医療においては重要な役割を担っている。製薬会社に代わって医薬品を医療機関に届けるだけではなく、薬の説明や、それに付随する医師の要望に応える医薬品供給のプロ集団だ。
2月2日には、その医薬品卸を束ねる日本医薬品卸売業連合会(卸連)の渡辺秀一会長が、日医の中川会長に呼び出された。個別接種のための小分け配送に協力を求められた。
成功するかどうかは“賭け”
だが、ファイザー社製のワクチンに関しては「携わることはない」と厚労省から何度も説明を受けていた医薬品卸は、戸惑う。医師会からの要請は意気に感じるが、いきなり配送せよと言われても情報が足りない。医師会や厚労省、製薬会社の狭間で立場の弱い医薬品卸だが、異例ともいえる文書を厚労省に送付する。
突然の方針変更で「現場は大変混乱している」との抗議だ。
中川会長は、この医薬品卸を抜きにして小分け移送はうまくいかないと踏んでいる。だが、問題は山積みだ。新たに導入したワクチン管理システムが煩雑であったり、地方によっては医師会の熱意に温度差がある。3月中旬になっても、現場の混乱は続いている。
壮大な個別接種計画だが、これが成功するかどうかは、ある意味で賭けに近い。政府の無策と、日医のごり押し……果たしてワクチン接種はうまく機能するだろうか。
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「文藝春秋」4月号および「文藝春秋 電子版」掲載のレポート「政府の迷走、医師会のゴリ押し」で、その経緯を報告している。
政府の迷走、医師会のゴリ押し
【文藝春秋 目次】日本の敗戦「フクシマ」と「コロナ」 船橋洋一/東京五輪、国民は望むのか 山口 香 有森裕子/<特集 十年後の東日本大震災>羽生結弦の十年
2021年4月号
2021年3月10日 発売
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