それにしても、日本医師会の中川俊男会長の動きは周到だった。新型コロナワクチンの接種で想定されていた集団接種の計画を土台からひっくり返し、診療所の医師による個別接種への道を切り開いた。政府や各業界へ根回しをしながら実現にこぎつけた手腕は鮮やかだった。だが、個別接種を強引に進めたことに起因する各方面の混乱は深刻だ。4月中旬には高齢者への接種が始まるが、個別接種の「ごり押し」は、地域の接種プランの遅れにつながっている。

 昨年暮れから、ワクチンを巡る政府の対応のちぐはぐさが際立つ。

日本医師会・中川会長

揺れや衝撃にも弱いファイザー社製ワクチン

 ワクチン課題を担う河野太郎行政改革相は、3月12日の記者会見で5月中には約2150万人分(1瓶当たり6回接種で計算)を確保する見通しだと述べた。だが、どの自治体に、いつ、どれくらいの量が送られるのかは依然として不透明だ。

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 1バイアル当たりの接種回数も、6回が5回に変更され、6回分を確保できる特殊な注射器を探して右往左往する。ワクチンを生理食塩水で希釈するためのシリンジ(注射器の筒)が不足していると分かったのも、つい最近だ。

 そもそも米国ファイザー社製のワクチンは、扱いが難しい。マイナス75℃前後で各自治体が設置する、超低温冷凍庫のディープフリーザーに運ばれて、そこで保管される。厚生労働省は当初、体育館などの大型施設での集団接種を考えていた。温度管理だけでなく揺れや衝撃にも弱いファイザー社製ワクチンを移送するのは、最小限にとどめたいからだ。

 1月27日、日医の中川会長が記者会見でこうぶち上げた。

「住民への接種は、普段の健康状態を把握しているかかりつけ医で安心して受けられることが重要」

後手に回る河野大臣

小分け移送のデメリット

 つまり、集団接種と並行して個別接種を柱の一つに加えるよう提言したのだ。となれば、小分けして診療所に移送する手段が必要になる。ワクチンは摂氏2~8℃を保つ保冷ボックスで移送し、5日以内に使い切らなければならない。

 確かにかかりつけ医で接種できれば、患者ごとのアレルギー体質や病歴などを把握しているから安心につながる。

 だが、デメリットも少なくない。小分けの際には、どのロットのワクチンを、いつ、どこの診療所に、どれほどの量を送るのかなど管理手続きが煩雑になる。なにより小分けするほど、貴重なワクチンに無駄が生じる。また、診療所での接種を実施すれば、集団接種を担う医師や看護師の確保にも困難をきたす。

 ところが、中川会長の会見以降、事態は一気に動き出す。