怖くて見られなかった傷口を少しずつ見ていく
さらには、南さんが「自分らしく生きること」を目標とされていることも、強く印象に残りました。乳房温存手術といっても胸の様子が変わるので、身体的なダメージだけでなく、精神的なダメージも大きかったそうです。そこから回復するため、「上がらない腕を少しずつ上げて行く」「怖くて見られなかった傷口を少しずつ見ていく」といった目標を見つけて、薄紙を一枚一枚はぐような日々が続きました。
しかし、そうしたつらい経験を通して、家族や友人、仕事仲間、医療チームに感謝する気持ちが強くなり、自分らしい日常や時間を過ごすことのかけがえのなさに気づいたのだそうです。このことを南さんは、「キャンサーギフト(がんからの贈り物)」という言葉で表現されていました。がんになるとつらいことが多いのですが、そんな日々の中でも「得るものもあった」と感じる人が多いと言われます。そのことを広く知ってもらうことも、意義があると私は思います。
その人の生き方をサポートするために治療がある
がん患者の中には、病巣を取り除ける人もいますが、がんと共存している状態の人たちもたくさんいます。しかし、どんな人も四六時中、治療ばかりしているわけではありません。その人が、その人らしく生きる時間を持てることが一番大切なのではないでしょうか。治療が目的なのではなく、その人の生き方をサポートするために治療があるのです。
南さんが語っておられるように、がんとの向き合い方に「これが答えだ」というものはなく、だれ一人として同じ答えには収まりません。乳がんをはじめ多くの病気で、標準治療を示す診療ガイドラインがつくられるようになりました。それを基準に治療選択を考えるべきなのでしょうが、その通りにすることがベストとは言えないこともよくあります。
その際、「自分らしく生きる」ために、何を大切にして、どう選択するのか。その一つの例として南さんは、彼女なりの向き合い方を示してくれたのだと思います。ですから、その人が選んだ生き方を、第三者が安易に批判すべきではないと私は思います。もし芸能人の治療選択が多くの人に悪影響を与えるというなら、ご本人の言葉から真意をくみ取ろうとせず、ニュースになりそうなところだけを切り取って報道するメディアの姿勢のほうを問題にするべきでしょう。
南さんだけではありません。がんを始めとする重い病に、有名無名の多くの人が向き合っています。当事者のありのままの言葉に耳を傾け、そこから何かを学び取ることこそが大切なのではないか──今回の取材を通して、あらためて強く感じた次第です。