「辻監督はかなりの腕前の名シェフ」
「辻監督、変わりましたねぇ。今のあの人(の下)だったら、コーチをやらせてもらってもいいかな。多分、話は来ないけど」。これ、今季半ばに監督取材を終えたデーブ大久保(前楽天監督)から聞いた言葉。辻発彦監督の現役時代は後輩にかなり厳しく接していて、煙たがれていた存在も事実だったのです。しかし、コーチや2軍監督の経験を活かし、人間関係に丸みをもたせて理想の監督像を作り上げているのでしょう。
昨季は「12」のマイナスで4位だったチームを「18」のプラスで2位に浮上させたのは、監督の手腕によるものがかなりのウエートを占めています。二ケタ勝利が計算できる岸孝之がFAで楽天に移籍し、戦力面でのプラス要素がなく、さらに主砲の中村剛也、エルネスト・メヒアの本塁打数、打率が伸びませんでした。そして、この主砲二人の調子が悪いと判断すると、スタメンから外し、周囲は「相手投手がラクになる」という見方が多かったようですが、信念を通しました。
この判断は、現役時代に指導を受けた広岡達朗元監督の影響が大きいと思います。勝負事に情実を絡めない姿勢は一貫していた広岡監督。一見非情にも見えますが、戦っている選手にとっては納得できる采配でしょう。昨季のチームの数字と比較しても本塁打数128本→153本、盗塁数97個→129個、得点619→690など、軒並み上昇しているのです。なので、主砲をベンチに置いても戦力低下にはなっていません。投手陣の防御率も3.85→3.53と良くなっています。
作戦面では、数字にはハッキリと表れませんが、特長的だったのが内野手の守備隊形。無死または一死で走者が三塁に進んだ場合、イニング、点差、両投手の兼ね合いなど条件がありますが、辻監督は試合の中盤までは「1点どうぞ」の選択がほとんどでした。これは、1点を惜しんでビッグイニングを避けるためのもの。この采配が、昨年までと大きな違いで勝敗の差が出たように思われます。かつて指揮をとった伊原春樹元監督は「相手に点を与えるのはファンに失礼」との理由で、このケースでは点差が開いていても、内野前進守備隊形を指示していました。監督の考え方を比較するのも野球の面白さでもあります。
シーズン途中、宮田隆編成部・国際業務チーフがこんな話をしてくれました。「チームというのは我々(フロント)が選手という食材を用意して、現場がそれを料理(試合)するものなのです。そう見ると、辻監督はかなりの腕前の名シェフと言えるでしょう」と。他球団との比較も何ですが、FAや豊富な資金力で「高級食材」をそろえても、料理人(首脳陣)の腕があまり良くないと、成績も期待できないものなのです。その観点から、今年の西武ファンはかなり「美味しい料理」を食べることができたのではないでしょうか。来季は、さらに上質な料理を求めたいものです。